15話
鞠と再会した私は連絡を取り、休日に会うことになった。
やって来たのは、オシャレなカフェだった。
レンガ風のレトロな建物。ジャズのBGMが流れて、店内は暖色系の照明。
「久しぶりね」
「うん、久しぶり」
鞠は相変わらず、クールな表情を浮かべていた。
「元気そうで安心したわ」
「あ、もしかして、心配してくれてた?」
「っ……それは……」
鞠の顔が赤くなった。
「当然でしょ。同僚が無断欠勤して、会社を辞めたら心配になるわ。それに、連絡も無いなんて……」
「そっか……心配掛けてごめん。連絡しなかったのは、鞠の連絡先知らなくて……」
「そう……」
鞠は一口コーヒーを飲んだ。
「鞠は今でも仕事、続けてるの?」
続けているなら、鞠も私と同じ目に合っていないか心配だ。けど、様子を見る限り、その心配は無いけど。
鞠は一口コーヒーを飲む。そして、ため息を吐いた後、口を開いた。
「……実は倒産したの」
「え? 倒産……どうして?」
会社自体は黒字経営だった。
それに、実力主義であったため、優秀な営業マンも何人もいたはずだ。
「色々よ。パワハラやセクハラ。後は脱税もしてたみたいで、一気にバレて倒産。ニュースでも取り上げられたけど見てない?」
「ニュース……全然見ない」
テレビはあるけど、普段はつけずにスマホばかり見ている。スマホでもニュースは見ずに、アニメばかり見ている。
「……て、ことは鞠は無職なの?」
そう聞くと、鞠の眉がピクリと動いた。
「……今は無職よ。当然、就職活動はしてるわ」
「また、営業で探してるの?」
「ええ……夏子は営業やらないの?」
「うーん……」
私は少し悩んだ後、口を開いた。
「私はいいかな。今の仕事が性に合ってるし」
「そう……」
ほどほどに働いて、休日はまったりと過ごす。
今の仕事は数字を追うプレッシャーも無茶な残業も、ガミガミと怒鳴る上司もいない。
「鞠は恋人とか出来たの?」
「恋人……実は結婚してて、子供もいるの」
「え……」
そっか、私達は結婚して子供もいてもおかしく無い年齢だ。
何だか、鞠が遠くに行ったみたいで少し悲しくなる。
「ふふ、嘘よ。さっきからかってくれたお返し」
鞠はそう言って、笑顔を浮かべた。
「そう言う、夏子はいないの? まあ、居るようには見えないけど」
「いないよ。今は友達と一緒に住んでる」
「え、一緒に住んでる……?」
鞠のコーヒーを持つ手がカタカタと震えていた。
「一緒に住んでるねえ……男の人かしら」
「いや、女だよ。写真見る?」
「ええ、ぜひ」
鞠に写真を見せる。
休日に麗華とホットケーキを作った時の写真だった。
「若い子ね……もしかして、未成年」
「いや、もう成人してる」
「それに距離が近いような……」
「そう……?」
写真にはエプロンを着た麗華が私に抱きついている姿が映っていた。
それから、写真フォルダをスクロールしていると、
「あ……」
私は慌ててスマホの画面を消した。
「どうしたの?」
「いや、何でも無い……」
「嘘ね、今あなたが女の子にキスしてる写真があったわ」
「……」
それは麗華にねだられて、私が頬にキスをした写真だった。正直、似合わないから消そうと思っていたが、消し忘れていた。
「私、夏子と同居してる女の子の話、聞きたいわ」
「……」
さっきまでの楽しげな雰囲気とは一転。問い詰めるような圧迫した空気。まるで、警察から尋問を受けているようだ。
私は麗華との日常を鞠に話すのであった。
それから、楽しいカフェでのひと時が終わり、帰る時間になった。
「夏子」
「うん?」
「……また、お茶に誘って良いかしら?」
「え……」
「ごめんなさい。今のは忘れて」
鞠はそう言うと、背を向けて去ろうとする。どこか寂しげな背中に私は声を掛けた。
「いつでも誘って良いよ」
「え? 良いの」
鞠が足を止めて振り返った。
「当然。だって、友達でしょ」
友達なら、気軽にお茶をしたり、買い物に行ったりするのは当たり前のことだ。
「友達……」
「あれ? 違った? てっきり私と鞠は友達だと思ってたのに……そう思ったのは私だけか……」
「ち、違うわ……私達は友達よ!」
鞠が顔を真っ赤にさせて叫んだ。
周囲が何事かと見てくるが、鞠自身は気づいている様子はない。
「あはは……」
「な、何よ……!」
「ああ、ごめん。必死な鞠がおかしくて……」
「っ……か、帰るわ……」
鞠が足早に去ろうとする。
「待って」
私は鞠を呼び止めると、後ろから抱きついた。
「な、夏子……」
「あの時はありがとう……鞠がおしるこくれなかったら、もう立ち直れなかったかも」
「そう……」
私は鞠への抱擁を解いた。顔を見るのも恥ずかしいけど、挨拶はしないと。
「鞠、またね」
「……ええ、また」
そう言って、私達は別れた。
次会う時は、鞠の仕事が決まってると良いな。
その時は就職祝いとして、プレゼントをあげよう。