14話
デスクを移動してしばらく経った。
積み重なっていく書類の山。
誰とも話さずに、古いパソコンと向き合う日々。
「三島! これしかできていないのか! おまえは一体何をしていたんだ!」
「申し訳ございません」
部屋が狭く、部長の声が良く響いた。
部長はひとしきり私を怒鳴りつけると、部屋を出ていく。私は書類を手に取り、事務作業を続けた。
「ねえ、聞いた。三島さんの噂」
「失敗して追い出し部屋行きでしょ」
「わー、私なら辞めちゃうな」
部屋の隣は女子トイレになっていて、話し声は筒抜けだった。
「……」
最初の頃は動揺してたけど、今は何も感じない。
淡々と仕事をこなす。
定時の時間を過ぎても私の仕事は終わらない。朝早く来て終電で帰る。休日出勤は当たり前なのに、残業代も休日手当も出なかった。
「あれ……」
目が覚めると、身体が動かなかった。
必死に動かそうとしても、動くのは目だけだ。
「……」
その日から、無断欠勤を繰り返した。
会社から何度も連絡が来たけど、携帯を押し入れの奥に入れて、無視した。おそらく、クビだろうが、もうどうでも良かった。
「……」
ふと、窓を開ける。
空は青く、心地の良い風が入ってきた。
「気持ちいい……」
そうだ、お散歩しよう。
最近は仕事ばかりで家と会社の往復だった。
家に帰っても、趣味に使う気力も時間もなくて、ただ寝てし過ごしていた。
服を着替えて、家を出る。
「……」
風が頬を撫でる。足が嘘のように軽い。これなら、どこまでも歩いていけそう。
「はぁ、はぁ……」
どうやら、事務仕事ばかりですっかり体力が落ちたようだ。
近くのスーパーのベンチに座り込み、ふと視線を上げると、キッチンカーが目に止まった。
クレープを売っているようだ。甘い生クリームの風に乗って漂ってくる。
ぐー、と私のお腹の音が鳴った。そういえば、朝から何も食べていない。
吸い寄せられるようにキッチンカーに足が向かう。
「いらっしゃいませ」
元気なお姉さんに挨拶をされる。
私は注文を眺めた後、口を開いた。
「チョコバナナのクレープ一つ」
「はい、チョコバナナですね。少々お待ちください!」
クレープの焼ける良い匂い。口から涎が溢れてくる。
「お待たせしました!」
店員さんからクレープを受け取り、私は齧り付いた。
「っ……」
口の中に甘さが広がる。私は夢中になって、食べ続ける。あっという間にクレープは無くなってしまった。
「すいません!」
「は、はいっ……」
「クレープ、全メニューお願いします!」
「ぜ、全メニューですか……?」
「はい!」
「わかりました」
お姉さんは少し顔を引き摺らせながらも、クレープを作ってくれた。
正直、やばい客だと思ったんだろう。
私はお姉さんから次々とクレープを受け取り、食べていく。最近は真っ当な食事をしていなかったせいか、お腹が空いていた。
クレープを食べ終えると、流石に満腹になった。
「お姉さん、良い食べっぷりだった!」
「ありがとう……」
お姉さんが親指を立てる。私も返した。
「ふぅ……」
満腹で動けなくなり、私はベンチに座り込んだ。
「……」
好きな物をたらふく食べたのはいつ以来だろう。
社会人になってからは仕事が忙しくて、取り敢えず食べれれば何でも良いという考えだった。
「私、何のために働いて……」
私が働いていた意味。
それは、金のため、スキルのためなど色々あるけれど一番の理由は社会人として当たり前だからだろう。
その結果が、無断欠勤。
「ふふ……」
もう、辞めた。
真面目に生きていくのは自分に合わなかったようだ。
これからはほどほどに働いて、甘い物を食べて生きていこう。
「さて……今日は何しようかな……」
幸いにも金はあるから、しばらくは働かなくても大丈夫。
今日の予定を考えていると、眠くなってきた。
取り敢えず、このままお昼寝しよう。起きたらこの辺りを散歩して。
「すぅ……」
満腹で天気が良かったせいか、私は一瞬で眠りに落ちたのだった。