13話
盛大なミスをやらかした翌日。
私は重い足取りで出勤した。
「おはようございます」
挨拶をするが誰も返してこない。普段なら、素っ気ないが返ってくるのに。
「マジか……」
「あれだけのことして、よく会社にこれるな……」
「俺だったら辞めてるわ」
会社の同僚から向けられる冷ややかな視線と冷笑。
居心地は最悪で、胃が締め上げられる。
ミスした分は仕事で取り返さないと……!
朝礼の時間になり、部長の話が始まる。いつものように檄を飛ばし、そろそろ終わるかなと思った時、部長が私に視線を向けた。
「三島! 今日からおまえは営業には出るな! 代わりに他のやつの事務作業をやれ!」
「え……」
「聞いているのか!」
「……はい!」
営業に出れないなんて……!
ショックを受けていると、デスクに書類が積み重なっていく。
「三島さん、よろしくね」
「俺達は営業で忙しいから」
「本当、寝る暇がないわ」
どんどんと積み重なる書類の山。
同僚が電話を掛け、外回りに行く中、私は事務作業を淡々とこなしていく。
夕方になると、また書類の山が作られていく。
「……」
今日中に終わるだろうか。
不安に思いながらも、書類の処理をしていく。
気がつけば二十二時を回っていく。日付が変わる前には終わらせたいが、気がつけば私のデスクだけが照明がついていた。
「……」
そっか。みんなの代わりに私が書類を処理してるから、みんなは帰れる。そう思うと、この仕事にも意味があるように思えてきた。
「三島さん」
「は、はい……!」
誰もいなかったと思っていたけど、誰か残っていたらしい。
振り返ると、黒崎さんが立っていた。
「これ、あげるわ」
「え? ありがとうございます」
黒崎さんから渡されたのは自販機で売っているおしるこだった。
「……」
これ、買う人いるんだ。
黒崎さんはおしるこを開けると、飲み始めた。
私も釣られて飲み始める。
「あ、美味しいです……」
「疲れた時は甘いものが一番よ」
「そうですね」
「……」
「……」
空気が重い。
黒崎さんとは同期だけど、話したことは全然ない。
「三島さん」
「は、はい……」
「その……失敗は誰にでもあるから……」
口籠もった黒崎さん。もしかして、励まそうとしてくれる。
「……あ」
思わず、私の目から涙が溢れた。
「……ありがとうございます」
「え、三島さん……」
突然泣き出した私を見て、黒崎さんは慌てていた。
「もしかして、具合悪い?」
「だ、大丈夫です……ただ、少し抱きついても良いですか?」
「え? 抱き……良いわよ」
「ありがとうございます」
私は黒崎さんに抱きついた。
「頭も撫でてください……」
「わ、分かったわ……」
黒崎さんは私の頭を撫でてくれる。ぎこちない手つきだけど、心が温かくなる。
「もう、良い?」
「あ、はい」
黒崎さんが手を離した。私も抱擁を解く。
「黒崎さんのお陰で元気になりました」
「そう……」
黒崎さんは顔を赤くした。
その様子がおかしくて、思わず笑みを浮かべた。
「あ、シャツが……」
「ん?」
黒崎さんのシャツが私の涙と化粧で汚れてしまった。
「クリーニング代、出します……」
「いや、良い」
黒崎さんて、もしかして太っ腹……?
「いつか、稼いだお金で私に高級なシャツを買って頂戴」
「……それっていくらくらいですか?」
「あなたの気持ち次第」
「……」
いっぱい稼いで、私にシャツを買えと。私に発破をかけているのだろう。
「わかりました! 絶対に買って見せます!」
「楽しみにしてるわ……後、敬語はなしで……私達、同期でしょ」
「そうですね……うん、わかった。よろしくね、鞠!」
「っ……よろしく、三島さん」
「名前で良いよ」
「……夏子……じゃあ、帰るわ」
「うん、気をつけてね」
鞠は私に背を向けて、会社を出て行く。
「さてと……」
頑張って、鞠に高いシャツを買ってあげないと。
私はおしるこを一気に飲み干すと、仕事に向き合うのだった。
翌日からも私は営業できず、事務作業を行なった。
それでも、いつかはチャンスが来ると思って目の前の仕事をこなしていく。
「三島! 話がある! すぐにこい!」
「はい……!」
部長に呼ばれてついて行くと、そこは小さな部屋だった。所狭しに資料が押し込められ、中には一つデスクがある。
「ここがおまえの新しいデスクだ! 今日からここで働け!」
「……」
「いいか、サボるなよ! 毎日、見に来るからな……!」