10話
「だから、私は旅に出た」
麗華の話を聞き終えた私は口を開いた。
「社会は厳しいもの。すぐに辞めるのは甘えだし、小さなミスをしたら怒られるのは当たり前」
「っ……」
麗華の顔が強張る。私は肩の力を抜いて、言葉を続けた。
「けど、そんな生き方息が詰まるよな」
棒付きキャンディを手に取り、袋を開ける。
「だから、私はフリーターていう生き方をしてるわけ」
私は麗華の口に、棒付きキャンディを入れた。
「麗華、私は麗華の生き方を叱らない。本来生き方は自由だし、私自身も人に説教できるようなご立派な生き方はしてない」
「……」
「だから、お互いさ、気楽に生きて行こう」
「……うん」
麗華は嬉しそうに頷いた。
「取り敢えず、しばらくは家に住んで」
「でも、迷惑かける……」
麗華は眉を下ろし、視線を下げた。私は麗華の手を握り、優しく言葉を掛ける。
「気にしなくて良い。友達を見捨てる方が圧倒的に気分が悪いし、麗華となら一緒に住んでも楽しそう」
「……ありがとう」
「後、麗華がもし働く気があるなら、私と同じ仕事をしない?」
「……」
麗華の表情が固まった。
麗華にとって働くことは、深い傷になっている。自分が否定され、壊されていく。そんな感覚は二度とは味わいたくはないよな。
「私は施設警備をしてるけど、仕事内容も忙しくないし、人格を否定するような過激派もいない。まあ、ゆっくり考えて見て欲しい」
「うん」
ということで、私は麗華と同居することになった。
***
休日、桃に誘われて私は外出していた。
待ち合わせ場所に行くと、桃がすでに待っていた。私に気づいた桃が手を振る。
「夏子さん!」
「桃、元気にしてた?」
「はい」
桃は笑顔で応える。そして、私の隣にいる麗華に視線を向ける。
「えーと……こちらの方は?」
「ああ、彼女は麗華。私の友達」
「初めまして、柳麗華です」
「初めまして、橘桃です」
桃と麗華はお互いに頭を下げる。桃は私に近づくと耳元で囁いた。
「夏子さん、麗華さんもアニメとか好きなんですか?」
「うーん……まだ、観始めたばかりかな」
「あ、そうなんですね」
スマホでアニメを観ていたら、麗華も興味を持ち、今では家で一緒にアニメ鑑賞をする仲だ。
私は桃に、麗華と一緒に住んでいることを話した。
「え……夏子さんと同棲……!?」
そう言った桃の顔は赤くなっていた。唇をワナワナと震わせている。
「も、もしかして……エッチなことも……!」
今の桃の脳内はピンク一色だろう。桃だけに。
「友達同士でするわけないだろ」
「で、ですよね……一緒にお風呂入ったりとか、寝たりとかも」
「一緒にお風呂入ってるよ」
「え? 本当ですか麗華さん!?」
「うん、それに一緒に寝てる」
「なっ……夏子さん、どう言うことですか?」
「それは……」
私は答えに詰まった。
どう言葉にしていいか纏まらない。
「大人には色々とあるんだ」
「大人って……麗華さんて私と同い年くらいじゃ……」
「私は二十代」
「マジですか……?」
桃は麗華の顔をマジマジと覗き込んだ。
うん、最初は私も女子高生だと思っていた。
「となると、大人の事情てやっぱり……」
今日の桃は想像力豊かだ。
そうこうしていると、頼んでいたパフェが届いた。
私がチョコで麗華がイチゴ。桃はパフェを頼まずにパンケーキを頼んでいた。
目の前のパフェをスプーンで掬い、一口食べる。
「美味い……!」
口の中で甘さが広がり、私は幸せを噛み締めていた。
「夏子の美味しそう」
「一口いる?」
「うん」
私はパフェをスプーンで掬い、麗華の口元に運んだ。
「うん、美味しい」
「良かった。麗華のも一口くれ」
「うん」
お返しに、麗華がスプーンでパフェを掬い、私の口元に運ぶ。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
「な、な、な」
正面を見ると、桃が口を開けて固まっていた。
「何を人前でイチゃついてるんですか!?」
「イチャつく……?」
私は首を傾げる。麗華に視線を向けると、麗華も首を傾げていた。
「別にイチャついてないが……」
「あーんはイチャつきなの!」
「そうか……」
「まさか、普段から……やってることはないですよね?」
「え、やってるけど」
「うん」
何せ、麗華は甘えん坊だ。
あーんはもちろんのとこ、アニメを観ていれば、私の隣にぴったりと座る。寝る時は抱きしめている。
麗華がいる日常が当たり前になっていた。
「も、もしかして……二人は付き合ってるんですか?」
「そんなわけないだろ」
「うん、ただの友達」
「……」
桃は頬を膨らませた。
一体、どうしたものか。
「夏子」
「うん」
私の服の裾を掴んだ麗華は私の耳元に唇を寄せた。
「桃はパフェが一口欲しいのかも」
「なるほど……」
それで拗ねていたわけだ。
私はパフェをスプーンで掬った。桃の口元へ運ぶ。
「はい、あーん」
「っ……」
桃の表情が固まった。
そして、顔を赤くすると、口を開けてパフェを食べた。
「私のもあげる」
麗華も桃の口元へパフェを運ぶ。
「美味しい……」
「良かった」
どうやら、桃の機嫌は治ったようだ。
「もらってばかりだと悪いし……私のもあげる」
「ありがとう」
私達は桃からパンケーキを一口もらうのだった。