勇者寮にようこそ(2)
更新忘れてました。
4月の初め。女子寮から続く並木道では、ケヤキの若葉が揺れていた。
木漏れ日がまだらに落ちているが、朝の空気はまだ冷たい。
ガレウスの一歩後ろを歩きながら、私は口を開いた。
「勇者パーティーに入っていたそうですが、父の事は知っていますか?」
人狼の年齢は分かりづらいが、見た目は30から40くらいだろう。
8年前なら、まだ現役でパーティーにいてもおかしくない。
「知ってる、娘の前で言うべきじゃないが嫌な奴だった」
予想外だった。
「びっくりしました、優しい人とか、思いやりのある人とか。今までにあった人は皆そう言うばっかりだったので」
自分でも驚くほど声が弾んでいた。
父を知る人は同じことしか言わなかった、そしてもっと詳しく教えて欲しいというと、機密だからと言って口をつぐむのだ。
ガレウスは私の知らない父を知っている。
「期待しているところ悪いが、俺はあの人をあまり知らない、娘がいたことも先週知ったぐらいだ」
「でも嫌な奴だって思うくらいの関わりは…」
「機密事項だ」
一番嫌いな言葉に出鼻をくじかれた。
「俺からも質問がある。なぜレベルを上げなかった」
気落ちしている私をガレウスは無視した。
これまで何度も聞かれた質問、2番目に嫌いなものだ。
「父の遺言です」
「その情報はーー」
「機密事項なんですよね、知ってます」
私の言葉にガレウスは沈黙した。背中越しにも彼が渋い顔をしているのがわかる。父の知り合いは、皆同じ顔をした。
短い手紙を思い出す。
200字にも満たない、遺書にしては簡素な文だった。
【勇者になることが諦めきれないなら、レベルを上げてはいけない】
【ハインツを頼りなさい】
不器用だが温かい思いが込められた文面の最後に、その指示はあった。
幼い私には、その文が浮かび上がって見えた。
ガレウスは露骨に機嫌を悪くして、それきりすっかり黙ってしまった。
10分ほど進んだところで、ガレウスが並木道を外れた。
「そっちは庭園ですよ」
「転移門がある、そこを抜けてしばらく歩けば到着だ」
庭園には誰もいなかった。もともと人が集まるような場所ではないし、朝礼の時間だったから当然でもある。
壁のように刈り込まれた生垣が道を通る生徒からの視線を遮る構造になっている。
中心に小さな噴水があって、とうとうと水が巡っている。
現実から閉め出されたように静かな場所だった。
ガレウスは胸元から首掛けのカードを取り出すと、道の反対、同じように壁のように刈り込まれた生垣に腕を突っ込んだ。
「後からこのカードが支給される、門の使用と寮への出入りに使う。門を使うときは周りに人がいないか注意しろ」
淡い光と共にガレウスの足元に魔法陣が広がる。
「少しこっちに寄れ」
うなずいて、一歩近づいた瞬間に景色が切り替わった。
森の中のようだった。
先ほどの庭園くらいの広さが切り開かれている。
地面には複数の鉄板が敷かれ、足元にも同じものがあった。
【西庭園】という文字と複雑な魔法陣が刻まれている。
他の鉄板には【東庭園】【地下迷宮前】【商業区通路】などが刻まれていた。
学園にはこういう門がいくつもあるらしい。
「ここは敷地北側の森林部だ。門はいつでも使えるが送り先に人がいると動かない」
「基本は授業中に使え、多少は人目が少ない」
そこからさらに歩いた。人工的なものはさっきの鉄板が最後だった。驚いたことに道は舗装されておらず獣道と言っても支障がない程だった。
森には朝露が残っていた。それが苔や樹皮を潤して特有の匂いを引き出している。
潔癖な空気の中、私はガレウスが持っていたカードについて考えていた。
門を開けるのに使ったのは、聖務統制院が発行している許可証だった。そしてガレウスはそれが支給されると言っていた。どれだけの権限が与えられるかは分からないが、等級によっては勇者に関する資料の閲覧が許される。そしてガレウスや父の友人たちの口を割らせられるかもしれない。
勇者を目指す道程で手に入るだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く得られるとは思っていなかった。
ガレウスが急に止まり、ぼんやりしていた私は背中に顔をうずめた。
服越しにもかかわらず、柔らかい毛並みを感じた。
「本来勇者は8歳から訓練される、それは知っているな」
唐突な言葉に私は戸惑いながらもうなずいた。
「15歳で一人前、そこから実務に当たる」
「問題はこのあいだ、連中が世間から隔離されているということだ」
振り向いた彼の顔は心底うんざりした顔をしていた。
「勇者は変人が多い…、俺はもう嫌になってきた」
私は首を傾げ、その先を見た。
彼の後ろに大きな建物が見えた。
大部分は女子寮と同じようなデザイン、ただその横に同じくらいの大きさの白い立方体が接続されている。
だが不自然な建物以上に目を引くものがあった。
2階の窓に少年がぶら下がっている。
次の瞬間、彼はためらいなく飛び降りた。
軽やかに着地すると、そのまま私達の脇を走り抜ける。
すれ違いの瞬間、舌打ちが聞こえた。
「レイド!止まりなさい!」
上の階から鋭い声が飛んだ。
見上げると、先程の窓に若い女性が身を乗り出している。
逃げた少年を追ってきたのだろう。
目が合った。
数秒、いたたまれない沈黙が落ちる。
彼女は苦笑いを浮かべるとゆっくりと窓を閉めた。
私はまだ状況が呑み込めていなかったが、ガレウスは何事もなかったかのように玄関のドアを開けた。
下駄箱の上には垂れ幕が吊り下げられていた。
『勇者寮にようこそ』
パン、と乾いた音が響く。
ささやかな紙吹雪の中、先程の女性がクラッカーを持って立っていた。
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