第弐話 黄昏時な日
自分は一時間後、入隊書に判を押していた。
「入隊、おめでとうございます。その他の手続きはこちらですべて行います。今働いてる会社の退職金の用意と現在住んでいらっしゃるアパートの解約もこちらで行います。明日中に荷物の整理をして、明後日から、ここの寮に住んでいただきます」
妙に開放感がある。しかも、アパートの解約も、会社の退職手続きも全部やらなくていいなんて最高だ。ただ、荷物だけは会社に取りにいかなければならない。いつ退職の手続きが行われるのだろう。今、会社に話が行ってれば、明日は確実に気まずくなる。いや、会社側が何もまだ知らなかったとしても、造ってこいと言われた発表原稿を作らないまま、仕事をほったらかしにし、一日有休までとって、会社に出勤するほうが気まずい。
とはいえ、明後日から自分はこの軍隊の寮に住むんだ。ん?。家具はどうするんだ。一日で動いてくれる引っ越し屋さんなんかいない。
「あの、西本さん。家具はどうすればいいんですか?」
「あぁ、すべて処分で結構です。こちらで家具はそろえてあるので」
なるほど、つまり明日は会社で気まずい空気を吸ったあと、何とかして家具を売るなり捨てるなりしなくてはならない。
そのまま八王子駅まで歩いていき、セブンで夜ご飯を買い、帰りの東京行きを待った。これまたグリーン車を無料で使わさせていただいた。多分有料になったら乗らなくなると思う。
ちょうど時間帯的に何人かの学生がグリーン車に乗っていた。初めてのグリーン車だったのか、写真を撮りあってた。
イヤホンをつけ、最近のはやりなのかよくわからないラップの曲を聴きながら、車窓からの景色を眺めた。最近は夜になるのが早い。もう黄昏時だ。帰るころには真っ暗になってるであろう。
なんだか疲れた。明日はどうしようか。家具を売る店はそこら辺の中古雑貨屋でいいのだが、車を持ってないので運べない。まあ、何とかなるだろう。
翌日、目が覚め時計を見ると、七時二〇分だった。もう最後かもしれないスーツを着て、もう最後かもしれない、いつもの道を歩いた。家から会社は徒歩で二〇ほど、そんな離れていない。
会社につくと、自分と目があった人が、誰かに何かを伝え、その誰かがまた別の人に何かを言う、伝言ゲームをしていた。もう会社に連絡がきたのだろうか。社長はかなりビビっただろう。なにせ、国から連絡がきて、お宅の坂木君は退職するので退職金を出してください、なんて言われるのだから。
荷物をまとめていると、営業本部長がそばを通りかかった。少しぐったりしているように見える。そうか、自分が資料を作っていないから、きっと徹夜でやったのだろう。そして昨日急に休んだから、自分の分まで働かされていたのだろう。少し罪悪感を感じた。
こんなとこでゆっくりしてる場合じゃないと思い、自前のノートパソコンを回収し、デスク周りを整理して、ビジネスバックを背負った。自分が今、二五歳だから二年間ほどお世話になったインプレンタもこれで最後だ。入口のところで振り返り、会社にお辞儀だけした。
「おーい博人」
大型のバンに乗って大関優斗がやってきた。彼は中学からの同級生で、昔は体育会系男子で、勉学とはかけ離れていたが、工学の博士号を取って、今では帝都大学で研究を行っている。最初に博士号の話を聞いたときは、冗談を言ってるのかと思っていた。実際、中古の大型のバンを買って、都内で乗り回してる博士なんて、冗談でもいないと思うが。
「ありがと。わざわざきてくれて」
「ちょうど今日暇だったから別に大丈夫、それより博人、SFEに入ったんだって?」
「あぁ、人材がちょうど足りなくて、試験もなんもなしに入れちゃった」
「うらやましいわ。しかも八王子の基地じゃ、かなり充実した研究所があるんだよ、おらだってその研究所に行きたかったけど、試験で落ちたんだわ」
優斗はそんなとこの試験まで受けていたのか。自分の印象とはかけ離れすぎて、想像もできない。
「じゃ、博人のアパートへ出発!」
それからアパートの家具をバンに入れては、中古雑貨店へ運んで行った。いくら大型といえど、一度に入れられるのは一つか二つなので3往復かかった。終ったときには午後三時になっていた。
「ああ、疲れた。博人今日はおごれよー」
「そうだな。荷物をまとめたらどっか飯でも食いに行こう」
「おら叙々苑いきたい」
「じゃあ、荷物まとめるの手伝ってくれ」
その後必要最低限の荷物をまとめ、焼き肉屋に行った。
思えばこれが最後の焼肉であった。今から思えば。
牛タンを焼きながら坂木は聞いた。
「大学でなに研究してるの?」
「聞いちゃいます?おらの研究」
「うん。聞いちゃいます」
「実はね。タイムマシン作ってんの」
ははは。何を言ってるんだこいつは。
「今、ははは。何言ってんだこいつはって思ったでしょ。これは大マジなんだって」
「じゃあ時速一四〇キロを超えると好きな時間にタイムスリップする車を作ったってこと?」
「いや、別にデロリアン作ってるわけじゃないからw。まあ、まだ仮説の状態なんだけど、今、大学に研究のための予算を通させようとしてるんだ」
果たして、中古の大型のバンを都内で乗り回してる体育会系男子博士が急に、タイムマシン作るので予算出してください、と言って大学はお金を出すのだろうか。
その後も中学の思い出話をしながら焼肉をむさぼり食った。バンで家まで送ってもらい、早く寝ることにした。タイムマシンか、もしタイムマシンがあれば何でもできるのにな。
翌日、目が覚め時計を見ると、七時であった。向こうに午後一時についてればいいので、しばらく暇をつぶし、十一時半ばにアパートを出た。その後、新宿駅まで歩いて、無料のグリーン車の座席を確保し、八王子へと向かった。
「坂木君。これからよろしくお願いしますね」
眼鏡をかけた西本がそう言った。さそっそく基地を案内してもらった。
「おとといも言いましたがこの基地は地下二七階まであります。しかし、その三分の一ほどは、倉庫です。地下二階から九階まで全部倉庫なので、今回は地下三階にある戦車の倉庫だけ見ておきましょう。一応ですが、ライセンスは持ってますか?」
「さすがに持ってません。車なら一応」
ペーパードライバーだということは控えさせていただこう。
「そうですね。でも大丈夫です、来年の今頃には、ヘリや銃などの基本的なライセンスはとっていると思います。では地下三階を少しだけ覗きましょう。ここには基本的にあなたが想像するような普通の戦車が置いてあるんですが、三年ほど前から、レールガンが加わり、一か月ほど前、最新型のレーザー砲を取り付けた、一台二億ドルする、レーザーガン第一式戦車が置いてあるんです」
その時、奥の机の上に置いてあった段ボールの箱が崩れ落ちた。西本が段ボールを戻しあたりを見回したが誰もおらず、置き場所が悪かったと思い、そのままエレベーターへ向かった。まあ、もし誰かがこの部屋にいても、無数に広がる戦車のどこかに隠れていればそう簡単にみつかることはないだろう。
「倉庫の後、地下十階から十二階の部屋は、上から第一、第二、第三と多目的ホールがあり、訓練の朝会や、災害時の避難所として使われます。十三階は教官事務室、十四階から十八階までが訓練場、十九階と二十階は運動場、そして、二一、二二階は研究所があります。で、二三階に食堂と風呂場があり、残りが寮となっています」
一通り言い終わると、そのまま二六階のボタンを押した。
「坂木さんは二六階の二六二三号室をつかってください。あと、これからは私はあなたの上司なので、西本さんではなく、西本司令官と言ってください」
そう言って、西本司令官はエレベーターを出て、迷路のような廊下を進んでいき、二六二三号室の前に立ち、部屋のカードを出して、ドアを開けた。
「私はこれから会議があるので、五時に食堂に来てください。それまで部屋の設備などを確かめておいてくれれば結構です。訓練は明後日から、頑張りましょう」
西本司令官はそのまま帰ってしまった。振り返ると、そこには自分の部屋があった、普通のビジネスホテル並みの広さである。かなりいい。家具もあるし、ベッドもふかふか。スーツケースから、生活必需品を取り出し、自分の部屋にした。
これから自分の新しく、明るく、みんな幸せになれるような人生が始まるんだ。そう思った。
その時は。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。