第87話 俺があいつであいつが俺で
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「ちょっと起きて!大変なことになっているの!」
「なんだ急に……」
「鏡見てよ、鏡!!」
今何時だと思いながら、寝ぼけている頭で信二が枕元にあるスマホを取ろうとするがなぜか無い。寝ぐせが悪かったのだろうかと思いながら、目を開けてみると手鏡に映ったアスカの姿とそれを持つ自分の姿があった。
「……夢だな」
「夢じゃない!」
「…………明晰夢と言いたいところだが、会話できている時点で違うか」
「そうよ!朝、起きたら身体が入れ替わっていたの!!」
むくりと上半身を起こすと、はらりと髪の毛が視界にかかる。視線を下に向けると男には無いはずのプリンが浴衣を押し上げ、マツタケが生えている感覚はない。プリンを触ろうとしたとき、アスカからバシンと手を払いのけられてしまう。
「なにドサクサに触ろうとしているのよ!」
「特殊メイクかどうかをだな」
「そんなわけないでしょう!こんなのが生えてて、トイレ大変だったんだから!」
アスカが信二のマツタケを見せつけるかのように勢いよく御開帳するも、今はソレが自分に生えていることを思い出し、顔がゆでタコのように真っ赤になる。尿意で先に目が覚めたアスカが一人でパニックになっているおかげで、逆に冷静になった信二はこの入れ替わりについて考え始める。
「原因は……まあ、一番怪しいのはあの黄金桃だろう。つまり、何らかの願いを叶えるために身体を入れ替えた。そして、俺の願いは身体を入れ替えたところで解決するわけじゃないから、アスカの願いが原因だと思うが、何を願ったんだ?」
「うっ、それは……ちょっと言えない。でも、入れ替わって解決するようなものじゃないと思う」
「となると、それ以外が原因か? ステラ、俺たちが寝ている間に何か変わったことは?」
【ありましたよ。お二人の身体が光って、入れ替わる感じの】
「……なんで起こさなかった?」
【いや~、魂と肉体の結びつきを断ち切りたいなら感じた魔力量が少ないですし、今でもお二人の魂は本来の肉体に繋がっているので、おそらく永続的なものではないとは思いますよ。魂の取り扱いに一家言がある私が言うんです。そこはご安心を。そもそも、害するのであれば、誰にも気づかれずに魂の入れ替えができるという高度な技術を用いる必要はありませんし、そのまま攻撃すれば良いだけの話ですからね。よって、敵意無しと判断しました】
「本音は?」
【起こさない方が面白そうですから!朝起きたら美少女に!TSモノのド定番!これを見逃すわけにはいかないでしょう】
「ねえ、コイツ壊しても良い?」
【美少女にやられるのは本望ですけど、死にたくありません!信二さんからも何か言ってください】
「まあ、待て。堕天使との戦いが終わるまではステラの力は必要だ」
【おや? 執行猶予ですか? WHY?】
「間違っているぞ。執行猶予はその間、犯罪を起こさなかったら無罪だが、俺が言っているの処刑宣告な」
「まあ、1発殴るくらいで許してあげるわ」
【あの~、いくら美少女の愛のムチでもアスカさんの1発はとんでもないのでは? 私はドMじゃありませんよ??】
「じゃあMになれば?」
【NOOOOOO!】
「バカ騒ぎはここまでにして、問題はこれからどうするかだろ。自然に魔法が解けるのを待つというのも悪くない1手だが……ステラ、いつ解けるかは分かるか?」
【さすがに10年、20年後までは行かなくても、1、2年はあり得るレベルですかね】
「思ったより長いな」
【異能ありきとはいえ、エクステラ一人分の魔力でほぼ死人だった美海ちゃんを蘇生したんですよ。少量の魔力でも異能次第ならそれくらいは長引いてもおかしくはないということです】
「最悪、これからの高校生活は信二の振りとしろってこと?」
「ポニ子に頼めば外見だけは元の姿に合わせてくれるかもしれないぞ。俺たち、背格好は近いからな。触れられて気づかれることは無いだろう」
「それ、何の解決にもなってないし、男の身体のままじゃない……」
「これはあくまでも最悪のケースだ。一番良いのは、明日までに入れ替わりの原因を突き止め、解決することだろう」
「それしかないわね」
(とはいえ、第三者がやったのであれば動機が見えてこない。決め打ちは危険だが、おそらく原因は黄金桃で叶えたアスカの願い。問題は……)
彼女が正直にそのことを教えるだろうかと考えるが、答はノーだろう。願いを教えるということは、それが他人から見れば些細なことで本人にとっては致命的な何かを教えることに等しい。
(本人から教えてもらえないのであれば、やることは一つ。他人、例えばアスカの友達から彼女の悩みを聞き出し、願いを類推する。亀北にアスカの知り合いがいるかは分からんが、今はそれしか方法は無いか)
心の中で次の行動方針を決め、後は自分の意図を伏せつつ、アスカにどう伝えるかを考える。
「……とりあえず、第三者が原因にしろ、情報が無ければ動けない。今日は今の体に合わせて演技して、観光しつつ、最近、変わったことが無いかそれとなく聞くのがベターだろう」
「ってことは私が信二の振りをしないといけないってことね。うまくやれるかしら」
「(アスカの振りとなると……こんな感じか) あら、信二って女装していないときでも女言葉でしゃべっていたかしら?」
「えっ……?」
「なーに、呆けているのよ。今はアンタが信二なんだからちゃんと男の振りをする!」
「……ステラ、一つ言っていい?」
【なんでしょう?】
「アンタの御主人さまの演技力おかしくない? プリテンダークラスの英霊だとか言わないわよね」
【魂が美少女ですからね。やはり演技力チートが転生特典なのでは?】
「なによ、せっかくアスカの振りをしてあげているのに……それと、いつまで象さんを見せつけるつもり? さっさと着替える」
「あっ……」
自分のリュックから着替えをポンポンと投げ渡していく。だが、受け取ったアスカはパニックになっていたとはいえ、今まで象さんを見せつけていたことで恥ずかしさのあまり、ぷるぷると震えて中々着替えようとしない。
「私が居ない方がよさそうね。朝風呂ついでに更衣室で着替えてあげるから、着替え寄越しなさいよ」
「う、うん……」
アスカから着替えを受けとった信二はさっさと部屋から出ていく。それから数分後、ようやく冷静さを取り戻し、再起動したアスカはある事実にようやく気付く。
「あ~、私の身体見られるじゃない!?どうしよう!」
【追いかけるにしてもまず着替えるのが先では? まあ、もう手遅れですけど】
「そ、そうよね……でも……」
【美少女に似つかわしくないものはお手洗いで籠ってもらうとして】
「はっきり言わないで……」
【今までの様子を見る感じ、男物の下着をつけるのが恥ずかしいとか?】
「う、うん……」
【それなら私に良い考えがあります!私に任せてください!】
アスカがステラの誘いにまんまと乗ったことを知らない信二は女風呂にいき、信二は鏡に映っているアスカの身体を見ながら、洗面台に置かれているヘアゴムを1つとる。
(確か、髪が濡れないようにヘアゴムでまとめるんだったな。それにしても……)
今はタオルを巻いているとはいえ、服や下着を脱いでいるときは謀らずとも彼女の鍛え上げられた身体を見る羽目にはなる。
(アスカと比べるとポジションの違いがあるとはいえ、俺の身体は細いよなぁ……)
ヲタク気質だった元々の身体は言わずもがな、乗り移った影響なのか中学時代からほとんど成長していない今の身体。ダンジョンに潜るようになって多少は鍛えたとしても、それは一般人がスタミナをつけるために行うような軽いトレーニング。彼女の筋肉質な腕や足回りと比べるとあまりにも貧弱だ。
(……身体が元に戻ったらトレーニング量増やすか)
何をするにしようとそれはアスカの身体を持ち主に返してからの話。今は積み重なっている問題を棚上げして、リフレッシュしようと大浴場へと向かう。さすがに朝早くからは誰も来ていないのか貸し切り状態。かけ湯で汗を流した後、ゆっくりと湯船につかり、目を閉じる。
「ふぅ~こんな状況じゃなかったら、良かったんだけどなぁ」
他人の身体とは言え、精神的な疲労感をほぐすにはちょうど良い湯加減と思っていた時、脱衣場で物音が聞こえる。どうやら他の客が入ってきたようだと、頭の中のスイッチを切り替える。
「あっ、アスカちゃんが居たんだ」
「一番風呂を狙っていたのですが、惜しかったですね」
「私が先に奪わせてもらったわ。ポニ子、アンタもこの旅館に泊まっていたのね」
「みみみさんと一緒に来ているので、わざわざ別の旅館に泊まる必要ありません」
「昨日会った時に言ってなかったっけ?」
「言ってなかったと思うわ」
「はい、ずいぶんと苛ついていたようなので、すぐ退散しました」
「あの時は悪かったわね。水に流してちょうだい」
「じゃあ、水じゃなくてお湯で流そう。昨日は断られたけど、今日は良いよね」
「流しっこだったかしら。構わないわよ」
洗い場にある風呂椅子に座り、髪を束ねていたヘアゴムと巻きつけていたタオルを外す。髪の毛を洗っている間に、みみみに背中を洗ってもらうことにした。
「それにしても。アスカちゃん。そんな雑に洗うと髪の毛、痛めちゃうよ」
「雑で悪かったわね。洗えればいいじゃない、洗えれば」
「服の上からだと分かりづらかったけど、筋肉凄いね。ガチガチだよ、ガチガチ。ほんと男の子みたい」
「そりゃあ、前線を支えているのよ。力を付けるのは当然でしょう」
「ところで、彼とはヤりましたか?」
「な、何言っているのよ!このドスケベ天使!」
「ドスケベ……私、女なのに……」
「余計たちが悪いのよ!今度は私が洗ってあげるわ。垢が擦り切れるまでゴシゴシとね」
「私に垢はありませんが?」
「大変だね。二人とも」
「洗ってあげるわ、みみみ」
「ぶっ、なんで私!?」
「そういう流れでしょう。さあ、座った。座った」
身体を洗い流した後、今度はみみみが恐る恐る座る。「やさしくね」と念を押すも、力加減をよく知らない信二はみみみの背中を思いっきり洗い始める。
「ちょっと痛いって。何か恨み言でもある?」
「はあ? 悩み事はあっても恨み言はないわよ」
「悩み事? いったい何の?」
「言うわけないでしょう。聞きたいなら当ててみなさいよ」
「う~ん、アスカちゃんの悩み事か……アスカちゃんって結構恥ずかしがり屋だから、ムキムキボディを信二君に見せたくないとか?」
「ヤる直前で殴り飛ばしたとか」
「とりあえず、デバガメ野郎は論外なのは言えるわ」
「女の子扱いすらされなくなりました。しょぼーん」
「じゃあ、私のは?」
「当たっているかもね。これで、良し。あとはポニ子だけよ」
「では、お願いします」
収納していた羽を大きく広げて、早く洗ってくださいとワクワクした様子で急かせる。こればかりは二人かかりでやった方が効率よさそうなので、みみみと一緒に背中と羽を洗うのであった。
「ふう~、ひと仕事終えた感あるわ」
「最後大変だったもんね。露天風呂、一緒に行かない?」
「悪いけど、信二が待っているからパス」
ごめんねと言い残して、浴槽から出ていく信二を見ながら、みみみはポニ子に話しかける。
「それにしても今日のアスカちゃん、なんか素直で可愛かったね」
「いつもでしたら、あれだけ煽れば手が出ていたはずですから」
「「恋って人を変えるんだ(です)ね~」」
アスカの身体の中身が違うことがバレなかった信二が自分たちの部屋に戻ると、そこには自分ではなく、信二の女装姿の一つ、星川エミの格好をしたアスカが仁王立ちしていた。
「よく私の裸見てくれたわね!」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。それになんで女装しているんだ」
【男の下着を身につけるのに抵抗があったので、私がため込んでいた服で美少女にコーディネート!声もエクステラとの中間くらいにしてますよ。ずっと裏声は大変でしょうから】
「それに私は女の子なんだから女装じゃないわ!」
「……まあ、そう思うならそれで良いんじゃないか」
アスカの機嫌を損なわないよう渋々同意しつつ、二人は朝食バイキング会場へと向かうのであった。




