第86話 黄金桃
「う~む……」
「とりあえず、アンタが『画伯』なのは分かったわ」
ガラスづくり体験で作った風鈴を片手にしている二人。アスカはチ〇ーンみたいに顔を書いており、涼しげで可愛らしく仕上がっている。それに対し、信二の風鈴はよく言えば前衛的アート、悪く言えばゴチャゴチャした色で醜い絵柄になっている。
「レインボーにしようとしただけなんだがな」
「なんで風鈴をカラフルにしようと思ったのよ。目が痛くなるわ」
「使えるものは使いたくなってだな……反省はしている」
手作り風鈴をリュックの中に入れて、西ダンジョンに向かいながらも辺りの店で牛串や肉まんを食べ歩きしていく。フルーツ狩りやチェックインまでまだ時間があり、寒くなってきたこの季節、せっかく温泉街に来たのだから温泉に浸かりたいというのもある。二人は近くにあった外湯に入ろうと暖簾をくぐり、男湯・女湯に分かれる。
「う~ん、腹筋だけでなく、腕にも筋肉ついてきたかな」
アスカが腕を触ると見事なまでにカチカチ。十分に鍛えられている鋼の肉体に溜息を吐く。探索者、しかも接近戦主体のアタッカーとなれば、肉体を鍛え上げるのは当然ではあり、そのことには苦を感じていない。だが、男の好きな身体はアスリートな体つきよりかはサキみたいなㇷ゚ニっとした身体だろう。
(前衛と後衛の差はあるんだけど……胸も小さいし、女の子らしくないわよねぇ)
再度ため息をつきながら、浴場への扉をガラガラと開けると、そこには見覚えのある金ぴかと少女が湯船につかっていたのを見て、ピシャリと閉める。
(気づかないうちに疲れていたみたいね……)
「ちょっと、すぐ閉めるとかひどくない!?」
「失礼だと思いますよ」
「なんでアンタたちがここにいるのよ!」
「私、チケット貰っていたから来ちゃった」
「私は自腹です」
「……本音は?」
「「推しがデートをしているところを観たい(です)!」」
「頭が痛くなってきたわ……」
これ以上、騒ぎだてるわけにもいかず、アスカは身体でも洗って落ち着かせようとする。流しっこしようかとみみみが話しかけるも、ピシャリと断り、取り付く島もない。イラつかせても仕方がないので、みみみとポニ子は浴場から出て着替え始めるのであった。
「余計に疲れた気がする……」
湯船につかって天井を見上げるも、疲れが取れる気配が一向にしない。それどころか、さっきの騒ぎのせいでこちらを見てきているかのようにさえ感じる。タオルを巻いているとはいえ、筋肉質な身体をあまり見せたくないアスカは逃げるかのように浴場から出ていくのであった。
「ずいぶんと早かったな」
「うん、私、のぼせやすい体質だから」
「ああ、貧血みたいな……大丈夫だったか?」
「うん。大丈夫。ちゃんとクールダウンしたから」
ちょっとした嘘をついたことに後ろめたさを感じながらも、西ダンジョンにあるフルーツ狩り体験へと向かっていく。亀北西ダンジョンは北ダンジョンと同じく山中にあるが、その道は舗装されておらず、知名度も低い。そんな山道を登っていくと、コンテナハウスのような詰め所が見えてくる。中にいた警備員にフルーツ狩りの予約画面を見せると、名簿にある名前と顔を照らし合わしていく。
「森山様だね。良いよ、通って。あと、これ、パンフレットね。入場許可証にもなっているからくれぐれも無くさないように。あと、採った果物は持ちだし厳禁だからね」
「分かりました。ありがとうございます」
警備員からパンフレットを受け取った二人がゲートを通っていくと、そこにはたわわに実った果樹がそこらかしこに生えている夢のような光景が広がっていた。
「桃源郷って感じの光景だな、これは……」
「入っただけで甘い香りがするわね」
信二が梨を一つもいでかじってみると、果汁があふれ出すほどにみずみずしい。
「どう?」
「スーパーで売られているものと比べると若干水っぽい気もするが、普通に販売されていてもおかしくはない」
「へえ~、じゃあ、私はこのブドウ……すっぱいかなと思っていたけど、思っていたよりかは甘かったわ」
「このパンフレットによるとエリアの中央で狩った果物を入れておくカゴや、果物ナイフ、ジューサー等の貸し出しをしているようだ」
「ミックスジュースも飲み放題ってわけね。でも、甘い物ばかりだけだと飽きそう」
「飲食物の持ち込みはOKと書かれていたから、お茶とおにぎりは持ってきたぞ」
リュックから、大きなお弁当箱を取り出すと敷き詰められたおにぎりがずらりと並んでいる。1個1個がラップで包まれており、店売りではなく手作りのようだ。
「アンタの手作り?」
「ああ、左から塩むすび、梅、かつお、ツナマヨな。甘いフルーツと合うかは分からんが、しょっぱいものは欲しくなると思ってな」
「わかるわ……でも、それやっちゃうと太るのよ」
「旅行の間くらい忘れて、赴くままに食べるのも良いと思うぞ。何事もメリハリは大切だ」
「う~ん……悪魔の誘惑。でも、せっかくのフルーツ狩りに来ているんだし……食べちゃう」
職員の方が用意してくれたカゴの中にいろんな果物を中に入れて、近くのテーブルに座って、昼食の用意をする。魔法瓶に入った熱いお茶とちょっと塩気の効いたおにぎりに、ナイフでカットされた甘い果物。ジューサーの中では柿・りんご・梨の秋の味覚のミックスジュースが出来つつある。
「ああ、駄目。甘いものとしょっぱいものが交互に手が伸びて……」
「お茶リセットも良いぞ」
「すっきりする……このミックスジュースも果物しか入れてないと思えないくらいには甘いし、美味しいわね」
「リンゴや梨を入れておくと、くどくならないからな。本当は牛乳とかがあればまろやかになるんだが……」
「ちょっと食べすぎたかもしれないから、運動してくる」
空になったカゴをもって果物を狩りに行くアスカを見送った信二はテーブルの上に散乱しているリンゴを手に取って皮をむいていく。
【アスカさんが戻ってくるまで、うさちゃんカットとかやってみるのはどうです? 普通に向いているだけでは飽きられますよ】
「やり方知らないんだよな……ネット検索してみるか。細切れになったらジューサーで証拠隠滅すれば良いだけの話だ」
うさちゃんカットのやり方を観ながら、悪戦苦闘している信二をよそにアスカは階層内にある果樹をみながら歩いていた。視界の端にイノシシ系の魔物がいるが、襲ってくる気配はない。これだけ餌となる果物があれば、わざわざ人を襲おうとは思わないのだろう。
「つい身構えちゃうけど、ほんと襲ってこないわね」
さすがに食事中の彼らに近づいたら身構えてくるものの、パンフレットが書かれているようにすぐ立ち去れば追い払ったと思い、それ以上は仕掛けて来ない。今まで見てきた人を襲ってくる魔物とは別のようである。
「ずいぶんと奥の方に行っちゃったけど、あまり変わらないわね」
出来ているブドウを一粒食べるも、熟しているわけでもなく、入り口側にあったものとさして変わらない。どうりで周りに人がいないものだと思いつつ、適当に摘んで帰ろうとしたとき、黄金色に輝く桃を見つける。
「なんだろう、これ?」
他の人たちに採られないように、手早く黄金の桃をかごに入れたアスカはパンフレットをパラパラとめくると最後のページにこう書かれていた。
「なになに『1年に1度、食べるとなんでも願いが叶うと言われる黄金桃が生えてくる。見つけた人は超ラッキー!』何よ、それ。嘘っぽい」
もし、そんなものがあれば、外に持ち出せないとはいえ大騒ぎになっているだろう。それこそ、探索者が一斉に押し寄せて我こそは先にと血眼になって探しているはずだ。それがどうだ。奥のエリアまで行く人すらほぼ居ない。
「まあ良い手土産になったし、信二のところに戻ろうかな」
黄金桃を手土産に信二の元に戻ると、細切れになったリンゴをジューサーにかけていた。取り皿の上には若干ボロいがうさちゃんに見えなくはないリンゴが並べてあった。
「風鈴の時も思ったけど、案外不器用だったりする?」
「何事も初めてはこんなものじゃないか。一応、最後の方は見れるくらいには上手くなったぞ」
「そうね。ウサギには見えるわ。それで、こっちはね、珍しいものを見つけたわ」
「珍しいもの? 季節外れのフルーツでも生えていたのか?」
「違うわよ。パンフレットの最後のページにあった黄金桃。年1でなんでも願いが叶う言い伝えがあるみたいよ。本当かどうかは分からないけど」
「持ち出しルールがあるのがソイツのせいなら、納得は行く。ゲームで言うところの聖杯だとかドラゴン〇ールみたいな願望機ってところだろ。ただ、なんでもってことは無いんじゃないか」
「どうして?」
「なんでも望みが叶うなら不老不死や死者蘇生だってできるはずだろ。だけど、そういったことは公にはなっていない。実際、エクステラが死者蘇生をしたとき、前代未聞だと大騒ぎしていただろう。だから、叶うとしても時間付き、例えば桃が消化されるまでとかな」
「あ~、ありそう。それならなんでも願いが叶っても、数時間で消えたら意味無いわ」
「もしくは睡眠作用があってそういった夢や幻覚を見せるか……どちらにしても美味しい話はそうはないってことだな。食べてみるか?」
「そうね。二人で食べてみましょう」
「俺もか?」
「当然。アンタが先に食べてみて、何もなさそうなら私が食べるから」
「毒味役か……まあ、願望機もどきの桃は気にはなる。半分ずつ食べよう」
アスカから黄金桃を受け取った信二は果物ナイフでそれらをカットし、まずは1切れ食べてみる。
「どう?」
「普通の白桃よりずっと甘い。シロップ漬けにでもしているようだ。ただ、それ以外は普通の桃だぞ、これ」
「願いはかなったの?」
「う~む……全く分からん。一応、願い事を思いながら食べたが、願いが願いだしな」
「ちなみにどんな願い?」
「堕天使との戦いで犠牲者が出ないようにだな」
「分かるわけないでしょう、そんな願い。次は私ね」
アスカがパクリと一切れ食べるが、何も起こらない。なんかガッカリした様子で、もう1切れと食べていくが、何かが起こる気配はない。
「ガッカリね」
「案外、病気になった人が栄養価の高いコイツを食べたら元気になった=望みが叶うという風に言い伝えが変わったのかもしれん。風邪になったら桃缶とか食べるだろ。あれと同じだ」
「うわ……すごくありそう」
半分ずつ食べ終えたところで、何も起こらなかったことを確認した二人は時間が来るまで、食べながらアスカの中学時代の話や信二の大学時代の話をしていくのであった。
その後も遊びまわって、夜遅くにチェックインした後、汗を流すために温泉へと入った。ちょうど、人が少ない時間だったのかゆっくりと湯につかった二人はリフレッシュした気分で自分たちの部屋へと帰っていく。
「いい湯だったわね」
「ここの旅館の温泉は気に入っている。毎年来たいくらいだ」
「わかるわ。でも、問題はこれよ」
自分たちの部屋に戻ると、1部屋に2つの布団がぴったり横付けされている。3連休という稼ぎ時ということもあって、1人1部屋は厳しかったみたいだ。アスカが布団を離しても、距離的にはさほど変わらないが、気分的な問題なのかもしれない。
「そこは我慢するしかないな。今日は早めに寝るか」
「そうね……ふぁ~、ちょっと眠いし……」
アスカが布団に潜り込むとそのまま寝落ちしてしまう。可愛らしく寝ている彼女を見て、肩の荷が下りたのか眠気が一気に襲い掛かってきた信二も寝ようと部屋の電気を消して、布団に入るのであった。
その日の晩、就寝中の二人が光に包まれていた。信二を包んでいた青い光はふらふらとアスカのもとに。アスカを包んでいた赤い光は入れ替わるかのように信二のもとに行き、それぞれの身体に吸い込まれていくかのように消えていく。その様子を見ていたものは誰もいない……




