また、一年後の迎え火に
パチパチと、くべた薪が音を立てて燃えている。
子供の頃は、一際大きい音が鳴った際には驚き、それと同時に歓喜したものだ。
日が長い夏は、午後の七時を過ぎても未だ明るく、夕焼けの後を追うようにカラスも森へと帰還していく。そんな中俺は相も変わらず、今日もまたこうして家の門の前で佇んでいる。
海外ではリラックス効果もあるとされている焚火の映像を数時間流しているそう。高校生である俺は、そんな爺臭い事を鼻で笑っていた。しかし実際にこうして見てみると、何故か無心のまま、ただひたすらに燃え続けるそれから目が離れられないでいた。
思えば子供の頃もこうして、親と一緒にぼんやりと火を眺めていた記憶がある。どうやらその頃から、リラックス効果があることは証明済みらしい。
”たかが火が燃えているだけで”と高を括っていた自分が、何処までも世間知らずなんだなと痛感させられる。
そんな、ただ送り火を焚いているだけで憂鬱とさせるお盆の納の日。
「――なーにしてんの?」
そんな俺の前に現れた一人の少女。
白いワンピースに小麦色の肌をした活発そうな女の子。日も出ていないこの時間帯に麦わら帽子を被っているその少女は、後ろで手を組み、送り火の前で佇む俺を見下ろしていた。
「みりゃ分かんだろ。送り火だよ」
「そんな事は知ってるよ! 何でそんな物思いにふけってそうな顔をしてるのって聞いてるの!」
「知ってるか? ただじーっと火を見てるだけでリラックス効果があるらしいぞ。自分と向き合い、過去を燃やしてくれるんだと」
「えー? じゃあ見ない方がいいじゃん」
当然嘘である。
物思いにふけってそうな顔、なんて本当にいつから俺は爺臭くなってしまったのか。”過去を燃やしてくれる”なんて付け焼刃の嘘ではあるが、それが本当のことであると、俺は切に願ってしまう。
そしてその少女は俺と反対に屈み、送り火を挟むような形になる。
「ふふっ。二日前にもこうして同じ事をしたね。まるで時間が巻き戻ったみたい」
「そうだな」
そう言って嬉しそうに少女は体を横に揺さぶっている。
そう、これは迎え火を焚いた時にも、こうして二人で対面していたものだ。同じ時間帯に同じ場所で、同じように体を揺さぶるこの光景に、俺も思わず時間が巻き戻ってしまったのではないかと錯覚してしまう。
しかしながら、この世界には停滞も遅延も無く、刻一刻と秒針が残酷なまでに時間を進めていく。世界の掌の上でただのうのうと生きている俺たちでは、そんな冷徹な秒針に待ったをかけることなど出来やしない。
科学が発展し、もしかすると未来に行けるようになるかもしれないと仮定できるまでに進展しても、変わらず過去だけは戻ることが出来ない。いや、仮に戻れたとしても、それはモラル的にあってはならない行為なのかもしれない。つまるところ、俺は『時間』という概念に身を任せるしかやることがないのだ。
「ねぇねぇ! 夏休みは何処か遊びに行った?」
「あぁ。つっても、友達と海行ったり、花火大会に行ったくらいだけどな」
「いや思いっきり夏を楽しんどるやないかいっ!」
昔のコメディみたく、手振りでチョップをかましてくる。
「もー何で誘ってくれなかったのっ!」
「何でって……お前はそもそも来れないだろ。ていうか、知らない奴と居ても楽しくないだろ?」
「え~別に気にしないよー? 君と一緒に居るだけで、あたしは楽しいんだから!」
「それは愉快なこって」
ぷんすかと口を膨らませて怒ったり、と思ったら途端にへにゃりと崩した表情をしたりと、相も変わらず感情が表に出やすい感受性が豊かな夏の少女。
もはや顔芸と呼べるその表情の変化に、思わずくすりと薄い笑みを零してしまう。
火の勢いも徐々に弱くなり、俺は残りの薪をくべる。すると失速していた火の勢いは再び元に戻り、俺たちの足元を明るく照らす。
「そういうお前は何したんだよ」
「あたし? あたしはねー、家の周りを散歩したり、縁側でお昼寝をしたりしてた! いや~やっぱり縁側で寝るのって気持ちいいよねっ! 風鈴がチリンチリーンって音がしてさー。あれはホントに風情があるよね、うんうん」
「年寄り臭いな~お前。それと勝手に俺の家に上がり込んで部屋に居座ってたろ。マジで焦ったわ」
「あははっ! だってこんなに天気が良い日が続いてるのにベッドで寝てるんだもん。そんなだらしのない少年にはお仕置きしないとって思って、驚かせてみたんだよ」
それは昨日の昼下がり、夏休みであることを良いことに昼間から惰眠を貪っていた俺の前に、この少女は驚かすように現れた。かといって特にやることのない俺たちは、結局夕方まで一緒に寝ていたのだ。
それを見た親はやれ掃除をしろだの、手伝いをしろだの、口煩かった。仕方なく悪態を付きながら親の手伝いをする俺の隣でくすくすと笑いながら、少女は後を付いて来ていたのだ。
「――ま、なんにせよ、お盆が終われば夏休みも終わったも同然だからな。また地獄の――いやわりぃ!」
「ん? 何が?」
「あぁいや、また面倒な日々が始めるってわけだ。嘆かわしいことにな」
「そーかなー? あたしは学校好きだよ? 授業とか成績のことを聞かれると正直頭が痛いけど、友達とお喋りしたり、給食を食べたするのは楽しいからね!」
「世の中、そう楽観できる人間も少ないんだよ」
「うわ~、何か人生楽しめなさそうだね」
「ほっとけ」
そんな、毎年繰り返される他愛のない会話も、もう少しで潮時を迎える。
理由はくべていた薪も殆ど燃え尽き、今や火も僅かしか立っていないからだ。
「ねぇねぇ、また”アレ”、聞かせてよ」
「またかよ。もう何度目だ、この話すんのは」
「いいじゃんか~、減るものでもないんだし。それに、幼馴染の夢を聞くのがいつも楽しみなんだ~」
そして毎年恒例になっている俺の将来の夢の話。
それはまるで小学校の時みたく、一年に一回は先生から提示される将来の夢について。本当に小学生の時以上に自分の夢を誰かに語るかもしれない。それでもこの少女は、そんな俺の変わらぬ夢をいつも目を閉じて心地良さそうに聞いている。
「俺の将来の夢は自動車の設計者になることだよ。今や車の自動運転が発展してるだろ? 事故なんかも未然に防げるような設計もしてある。俺はそれに携わりたいんだよ」
「それは何で?」
この返しも、例年通り。それに対しての俺の返答も、これまた例年通り。
「失わなくていいはずの命を守るためさ。交通事故で命を無くすなんて、しょうもないだろ? 花は散り際が美しいと評されるように、人間もまた寿命でその生に幕を下ろすのが美しいんだ。それが事故なんかで失っちゃいけない。それの手助けを、俺はしたいんだ。もう誰も、そんなもので死なないように」
これが、俺が少女に語る変わらない夢語り。
今年で三回目になるこの文言を、少女はつまらない表情をせず、屈んだ膝の上で腕組をし、そこに頭を寝かせて微笑ましそうに聞いている。毎年変わらない、いつもの光景。
そしてこれが行われるのは、決まって送り火が弱くなる頃。
語り終える頃には、微弱だった火も更に小さくなり、やがて音も無く消えていく。何とも形容しがたい儚い灯。
「――んじゃ、今年も幼馴染の夢が聞けたことだし、あたしはそろそろ帰ろうかなっ」
そう言って少女は立ち上がり、ぱんぱんと砂を払う。
「あれ? もう送り火消えた? じゃあ夕飯出来てるから、早く入っておいでー」
「あぁ」
親が玄関から顔を出して、この短い時間に幕引きの言葉を告げる。
俺も重い腰を上げて立ち上がり、同じように砂を払う。
「……また来年だね。ちゃんと元気でいるんだよ? 夜更かしもほどほどにして、お勉強も頑張るんだよ?」
「あぁ、わかってるよ」
再三言われているこの別れ際の言葉も、俺は未だに真摯に聞き入れている。
一秒、一言でも長くこの少女の言葉を耳に入れていたいから。しかしそれもとうとう終わりが来てしまった。次に言葉を交わすのは、また次の年。
そしてその年のまた一年後に、こうして同じことを繰り返す――永劫に続く円環のやり取り。
「じゃあ、またな」
「うん! またねっ!」
手を振る少女は、家に入るまでそこに居たと思う。
「――あんた、また誰かと話してなかった?」
「退屈だったからな。友達と電話してたんだよ」
そう言って俺は一度二階にある自分の部屋に行く。
そして机の上に置かれている写真立てを手に取る。
そこに映っていたのは中学の入学式の時の写真。
隣に立ってピースをしているのは、俺がついさっきまで一緒に居た少女と瓜二つの女の子。気だるそうな俺とは正反対の明るい笑顔を照らした、今も昔も変わらないその子の頬を写真越しにつつき、再び机に戻す。
「また、一年後の迎え火に――」