聖女が原因で婚約破棄されるなら、彼女をけしかけてざまぁしても許される。
捨てられ聖女×追放令嬢のざまぁ百合物。
5000字弱、参ります。
今日の夜会は、私の復帰を示すものでもあり。
新しい時代の到来を知らしめるものでもある。
主役は送り届けて来た。
私は控えの一室で、休息を取らせてもらっている。
問題ないと言ったのだが……大事の前だからと押し込まれた。
ふふ。過保護な子だ。
時々、暖炉から火の粉の爆ぜる音がする。
今宵はよく冷える。温められた部屋を用意しておくとは、気の利く子になったものだ。
しばし、香りのよい茶を楽しんでいると。
突然、部屋の扉が開いた。
人の近づく気配はあったが、ノックもなかった。
帯剣した優男がずかずかと部屋の中を歩き、すすめてもいないのに勝手にソファーに座った。
……向き合うのも不快だが、隣に来られなかっただけ良しとしようか。
「挨拶もなく、茶を出すこともしないか。リンディ」
挨拶する気も茶を出す気も名前を呼ばれる覚えもない。
「俺が勝手に来ただけだ。そこは許すとしよう」
貴様に許されてどうしろというのだふざけるな。
そもそもなぜ一人で勝手に続けるのだ。
独り言か?
「仕方がない、要件に入るとしよう。ライトはどこにいる」
本当に一人で続けた。こちらの様子を伺うことすらしない。
そして私は言われてつい、少し記憶の中を探し……その名を思い出した。
確か、アイオラ子爵の嫡子だったか。
彼らの中では、比較的印象が薄かった。
「なぜ私が知っていると?」
「奴は貴様の公金横領の罪を追っていた。それが突然消えた。なぜだ?」
なぜだも何も。
――――始末したからに決まっているではないか。
「貴様が始末したに決まっている」
その通りだが、聞いてくるあたり証拠はないようだな。
「魔王討伐の旅では、その俊敏な身のこなしで活躍なさったではないですか。
私程度に、どうこうできるわけがないでしょう」
「そうだったな! お前は女で、しかもさしたる能もない。役立たずだった」
その役立たずを旅の途中で追放した結果、彼らは旅を続けられなくなり、逃げ帰ったわけだが。
憂さ晴らしに、戻ってから私のあらを探し、学園と社交界からまで追放したのは恐れ入った。
なお私が追放された直接の原因は、彼らが聖女を口説くのを止めたせいである。
やっかみだと笑った末に、彼らは私を追い出した。
聖女のことは心配だったが彼女は残り……後に、望まぬ結末を辿った。
「ふむ。ではカイヤはどうだ。貴様の家と関係深い、ナイト家の出だ。知らぬはずもなかろう?」
私の返答に満足したのかわからないが、彼の独り言が続く。
伯爵であると同時に、代々優秀な騎士を輩出する家の……カイヤは次男だったか。
「あいつは、魔族との密通者を探す重要な任務を追っていた。そして今、行方がわからない」
わかるわけがないだろう。
――――その身も所持品も、念入りに灰にしたのだから。
そもそも、そんな重要な任務にあることを平然としゃべるな間抜けめ。
間抜けはあいつもだが。大声で聞きまわるものだから、罠かと思ったらそんなことはなかった。
明らかに人選間違えてただろう。やりやすくてよかったし、おかげで動きやすくはなったが。
「奴をどこにやった、リンディ」
どこにもいなくしただけだ。
「ライト様でもどうにもならない私が、武芸に深く通じるカイヤ様をどうこうできるとでも?」
「その通りだ違いないな! 弱虫で後ろで震えるしかできない貴様が、カイヤに敵うわけもない」
後方から放り込み続けた私の種々の魔法がなければ、彼らは何度力尽きていたかわからないのだが。
覚えているはずもないか。
「そうそうついでだが、スピネルを知らないか」
今度は伯爵家の令息か。青の結社という魔導組織に所属していた、若くも優秀な魔導師。
「貴様の実家、ヤブラ公爵家の胡散臭い店の法令違反を突き止めていた、はずだ。連絡がとれない」
連絡がとれたら驚きだ。
――――死者が何かを応えるものかよ。
なお「胡散臭い店」とは娼館のことだが。
こいつらは常連で、かついくつかの店では出禁になっていた。
常人よりけた外れに強いため、よく商品を壊そうとするのだ。
高い金を払ってでも、全員傷跡も残さず治したが。
恐れ、仕事を続けられなくなった子も出た。
……少し瞠目し、怒りを内に逃がす。まだ、発露するには早い。
「また自分ではどうにもできぬとぬかすか? リンディ」
「当然です。私は攻撃の魔法一つ使えませぬゆえ」
「そうだったそうだった! スピネルの魔法は多いに我らを助けたが、貴様の魔法はクズだったな。役に立たん」
そのスピネルの誤射でこいつは三度死にかけているが。
治療の際に傷が綺麗に消えすぎて、脳のしわまで消されたようだな。
ところで、なぜこいつはいちいち私の反応に満足げな声を上げる?
本当にしわがないのか?
「ではそろそろ本題に入ろうか」
…………今までのは何だったのだ? 雑談か?
まさか、駆け引きか何かのつもりだったのか?
「娼館に落とした聖女を探している」
――――私は奴の言葉を、聞き流した。
一片でも身に入れれば、即座に殺しにかかりかねない。
まだだ。まだ耐えねばならぬ。
こいつに復讐すべきは……私では、ない。
「俺の女になるのを嫌がるごみクズだった。聖女などともてはやされて、調子づいていたのだろう」
……勝手に彼女を異世界から呼んでおきながら、とんでもない言い草だ。
おっと、聞き流さねば。
いつ怒りが臨界点を超えるかわからない。
「そろそろ反省したかと思って、王都中の娼館を探したのだが、見つからぬ」
奴がじっと私を見つめている。
「本題」というのは本当らしいな。
こいつは彼女を私が匿っていると見て、私が表舞台に出て来たところを訪れたようだ。
「故郷にでも帰られたのではないですか?」
「それは困る。今度こそ、魔王を倒さねばならぬ」
困るのはいよいよもって、王太子指名争いに負けそうだからだろう。
……ザファ王子。
かつての私の、婚約者よ。
さんざん裏から、第二王子のパーズ様を推した甲斐があったというものだな。
ふふ。しかし呑気なものだ。
今から魔王の討伐を考えるとは。
代替わりしたことも、その魔王が今どこにいるのかも……知らないようだな。
王子の発言が途切れたところに。
扉を叩く音がした。
……来たか。
「どうぞ」
私が入室を促すと、戸を静かに開けて一人の女性が室内に滑り込んできた。
白を基調としたドレスは、幾重もの布で彼女を優しく包んでいる。
赤みのさした長い髪は高く結い上げられ、その黒く大きな瞳は……幾度か瞬かれた。
王子が入り口の方を向き直り、勢いよく立ち上がる。
「カナリア! やはりここにいたか!!」
彼女は少し私を見て。
私が瞼で頷いて見せると。
顔をほころばせ、華やぐように笑った。
「よっしゃ! アン! ドゥー!」
彼女はしめやかにソファーに近寄り、なめらかに回転。
その右拳に、太陽のごとき魔力の輝きが現れる。
私は静かに、自身、彼女、そして部屋に護りの魔法をかけた。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ソファーを飛び越えた彼女の右の振り下ろしが、王子の左こめかみに見事に突き刺さり。
輝き、爆発した。
耳をつんざく、轟音が鳴り響く。
光と音が去り……後には私と、彼女が残された。
殴り飛ばされただろう方向を見ると、暖炉の中に頭から突っ込んでいる王子が。
…………いい感じに、暖炉の炎に炙られている。
だが何の悲鳴も上げないところを見るに、意識は刈り取れたようだ。
「上出来だ、カナ」
元勇者一行……元仲間を、次々葬ってきただけはある。
淑女として鍛え上げたら、武芸にも大層秀でるようになった。
優秀な子だ。
「いやそうだけど……あれいいの? リンディ」
顔がこんがり焼けそうな王子を、聖女が無遠慮に指さす。
「構わない。君の一撃で五体が砕けないのだから、放っておけ」
「そっすね」
……カナの口調が完全に砕けているが、まぁよしとしよう。
こんな晴れ舞台にまで礼儀正しくいよというのも、無粋だ。
「カナリアあああああああああああ!! き、きさ、貴様! この俺に!!」
おっと、もう起き上がってきた。さすが「勇者」に選定された超人。
その焦げた顔とちりちりになった頭を見せるな。吹き出しそうだ。
「カナリアではありません」
私も立って、彼女の横に並ぶ。
そして……がんばって真面目な顔をして、ゆっくりと告げた。
「この子はカナ・ツマベニ。私が拾って育てた、淑女です」
そう。私はこいつが娼館に売った聖女を拾い、淑女として育て上げた。
なおカナリアというのは、この世界で名付けられたものである。
しばし身を隠すためもあり、名前を地球での本名に戻したのだ。
「この女のどこが淑女だ! 言ってみろ!!」
不思議なことを言うなこの王子は。
こんな可憐な淑女が他にいるというのかね、言ってみろ。
「淑女とは!」
おっと。私の教え子の心に、何か熱く炎がともったようだ。
彼女の髪が、赤から白になっていく。
髪留めをカナが解くと、輝く銀糸が流れた。
――――本気だ。聖女の力を、余すことなく使うのだ。
「知と武と礼をもって! 女の希望となる者のことよ!!」
……良い啖呵だ。ほれぼれする。
では私も、その淑女の一世一代の一撃に。
勇者を超える、その一瞬に。
魔王の祝福を、与えよう。
カナが私の黒い魔法と、己の白い魔力を混ぜ、強く輝く。
「ふざけるな! 女など!!」
王子もついに、腰の聖剣を抜いた。
旅の途中も、一度も抜かなかった宝剣を。
勇者と聖女がそろわぬと抜けぬ、大事な大事な秘宝を。
……くくく。ばかめ。
「男に! 俺に!! 支配されていれば良いのだ!!」
奴の振りかぶった聖剣と。
カナの右の拳が。
正面からぶつかり。
少し、押し合い。
――――剣が、粉々に砕け散った。
「なっ!? 聖剣がぶばらぁぁぁぁ!!」
王子が左のほおを殴られ、横に七回転ほどしながら再び暖炉に飛び込んだ。
私はささやかな魔法を向け、暖炉の火を消す。
頭から炭に突っ込んだからかなり焼けるだろうが……まぁ死にはしまい。
「カナ。剣を失った奴は、もうただの人間だ。全力で殴ると死ぬぞ」
「ごめん、急に聖女の力だけ抜けたから……加減わからなくて」
聖剣は別に強力な武器などではなく、ただの祭具だ。
聖女や勇者など、いくつかの加護の起点となる。
……これでやっとカナは、人に戻ることができた。
もう、この世界に縛られることもない。
故郷へ、帰れるのだ。
「これ、本当にとどめさしちゃダメなの?」
カナが拳を鳴らしながら言う。
気分的には殺しておきたいが、後始末のために必要なのだ。
ちょうどいい、政治的な生贄が。
こいつにすべてを押し付けて、魔族と王国は和解する。
「まだ使い道がある」
「そんなのなくても大丈夫そうだよ? まぁいいけど」
今日の夜会では、融和のための大事な密談が行われていた。
カナは立派に、役目を果たしてくれたようだ。
「汚いし、こいつにそれ以上、手を触れるな」
「はーい」
可愛らしく返事をするカナに、思わず少し頬が緩む。
私は彼女がテーブルに投げていた髪留めをそっと掴み。
カナの後ろに回り込み、その髪を結い上げにかかった。
「髪は仮止めだな。もう一度、召し変えなくては」
「もうご用事は終わったよ?」
私は彼女の髪を巻き終え、少し身を離した。
自身の男を思わせる装いを、今一度確かめて。
「本番がまだだ。やっと、カナをエスコートできるのだから」
一度、踊ってみたかったのだ。
淑女となった愛弟子と、社交の場で。
「…………リンディはほんと、そういうとこやぞ」
耳にかかる髪をかき上げながら、頬を赤く、瞳を濡らし……聖女が消え入るような呟きを残す。
彼女のさらっと見せる魅力に――――私の理性が限界を迎えた。
はぁーっ!はにかむ笑顔がたまらん片えくぼできてるし小顔でその角度は魅力たっぷりだな拗ねた感じが実にいいほんといい頭に光景焼きつけたいあと重いからってそこで腕を組むなよだれ出そうになるんやがむっはー!!!!
……はっ。
いかん、カナが不審げな目になってる。
可愛すぎて正面から見てしまうと、また頭が沸騰する。
「……リンディはほんと私のこと好きよね」
膝から崩れ落ちた。
「だだだだ大丈夫リンディ!?」
大丈夫だ鼓動と呼吸が止まっただけだ。
「こここ、こういう時は人工呼吸!? えっと鼻と口を塞いで???」
「やめてくれしぬ」
物理的に息の根を止められるか、ショックで止まるかはわからないが。
これ以上顔が近くによると、いろんな意味で生きていられない。
私はなんとか、身を起こした。
「さて、後の始末をして……次の準備をしよう」
「次? 何するの?」
彼女はずいぶんやる気のようだが……手伝ってもらうことは、ない。
さみしくなるが、これが君のためだ。
「カナを地球に返す。その準備だ」
聖剣に、聖女を召喚する力があるように。
魔王には、元の世界に送還する力がある。
このために私は、伯父から魔王を引き継いだのだ。
「はい? 私帰んないよ?」
……なんですと?
「リンディがいるんだもの。絶対帰らない」
…………なんですって??
これは、いかん。
いかん空気と流れだ。
「カナ、大事な話がある」
「なぁに? プロポーズ?」
早まるなカナと私。死にそうになったが、慌ててはいかん。
「逆だ、私にそういう趣味はない」
カナが笑顔で固まった。
…………すまぬ。
彼女の地球での様々な話を総合するなら、あれだ。
私の気持ちは、アイドルを推すという、あれだ。
私は、同性同士の恋愛に興味はない。
ただこの聖女を推し! 育てるのに人生のすべてを賭けただけ!!
イエスアイドル、ノータッチ!
ブラボー、マイフェアレディ! オーブラボー!
「ほっほーぅ???」
…………なぜ髪が白くなった、カナ。
聖女の力は失われたはずだが????
「私ぜったい帰らないし」
両肩を掴まれた。
あ、この子なに力、ちからつよ!
「あなたは逃がさないから」
その後。聖女は魔王の力によって地球に帰された。
だが彼女は聖剣の力を宿し、帰されるたびにまた世界を渡ってきた。
愛する魔王を百合に堕とすまで、毎日。
何度でも。




