2.迷信
村の入り口の大鳥居まで来た私だが、ふと何者かの視線を感じ立ち止まる。
まだ太陽は真上だというのに、この村はやけに薄暗い。
私は目を凝らし、辺りを見回すが誰もいない。
だのに、今この瞬間も視線に晒され続けている感覚。
私はその場を離れたい一心で、鳥居の先へと向かった。
しばらく歩みを進めると崩壊した家屋が点々としている広場へ着いた。
「なるほど。…ここから先は居住スペースか。」
私は記憶の糸を辿り、思い出した。
当時、私が淡い恋心を抱いていた女の子……
何て名前だったかな…?どうにも思い出せない。
確かその子の家もこの一帯にあったはずだ。
私は一軒一軒崩れた建物の屋号を確認していく。
「ダメだな。さっぱり思い出せない。」
かろうじて屋号が確認出来た家屋はいくつかあったが、そのどれもが記憶にない。
「…ここが最後だな。」
私は呟きつつ、屋号を確認しようとした。
「うわっ!」
ガラガラという音と共に屋根が崩れてきた。
人の手入れが入らないと、こうまで脆くなってしまうのか。
「ん?なんだこれは…?首の無い人形…?」
崩れた屋根の下にあったのは、奇妙な形をした木彫りだった。
落下の衝撃で破損したのか、元から首がなかったのか。
不可思議な木彫りを前に私は頭をかしげた。
「それはこの村に伝わるお守りみたいなもんだね。」
「いや、呪いの類といってもいいかもね。」
後ろから声が聞こえてきた。
今風な雰囲気の服を着た妙齢の女性だ。
先ほどの視線は彼女のものだろうか?
「お恥ずかしい所を見せました。あの…失礼ですが、あなたは誰ですか?」
「あんた、人に名前を聞くときは自分から名前を名乗るもんだよ。」
私が尋ねると、女性は不機嫌そうに答えた。
「まぁいいや、アタシは橘凛。
一応雑誌の編集をやっててね。この村の記事を書こうと思ってるのさ。」
「それで、あんたの名前は?」
橘と名乗る女性が名前を聞いてくるが、うまく自分の名前が思い出せない。
「申し訳ない。先ほどから自分の名前を思い出そうとしてるのだが、思い出せないんだ。」
「えー…あんた、こんな山奥で記憶喪失なんて怪しすぎだよ!」
「私は昔この村に住んでいた事があってね、思い出せるのはそれだけなんだ。」
橘は私を不審者を見る様な視線で見ている。
確かにこんな廃村で記憶喪失というのは不審だろうな。
「でも、安心して欲しい。私はあなたに何もする気はないよ。」
「それより、さっき言ってた呪いというのは?」
少し気まずい雰囲気なので話題を変えてみる事にした。
「あー、その木彫りの事ね。」
「アタシも又聞きなんで詳しくは知らないんだけどさ」
「なんでも、この村には死者を蘇らせる…なーんて、突拍子もない噂話があるみたいでね。」
橘は話を続けるが私は話に割り込んだ。
「その話なら私も知ってるんだ。でも、それは迷信だろう?」
「まあまあ、最後まで聞きなって。」
私を静止する様なジェスチャーで橘は話を続け出した。
「ここではね、死者を蘇らせるにはね……」
「村から生贄を一人選んで、生贄の首を捧げるんだって。」
「んで、死者が蘇ったら首のない木彫りを作って、蘇った死者に持たせるんだって。」
「なんでも、生贄にした人の恨みを鎮める為なんだと。」
私が住んでいた村でそんな凄惨な儀式が行われていたとは………