大遅刻だぞ
大罪の一つ『傲慢』。
その権能は、大罪の中で最も恐ろしく、最も扱いが難しい。
強大な力故ではない。
『傲慢』の権能の効果は……。
「時間の巻き戻し。発動から十秒前の状態に、自分だけが巻き戻る。その効果で死を回避したな」
「正解だ。さすが元保持者……いや、偽者じゃわからないか」
「いいや知っているとも。発動条件が、自らの死であることもな」
「……」
扱いが難しい理由はそこにある。
この権能は、発動者が死ぬ直前でなければ使うことができない。
死を目前にしたギリギリで発動し、それを回避する。
発動のタイミングを誤れば失敗してしまうリスクが生じる。
だが、そのリスクを差し引いても強力な力だ。
死を否定し、何度でもやり直しができてしまう。
まさに――
傲慢の名に相応しい権能である。
「お前じゃ俺は殺せない。殺せた現実を、俺はなかったことにできる」
「つくづく厄介だ。やはりほしい。その力……神と対峙する上で必要不可欠だ」
「神だと? お前は神と戦うつもりか?」
「そうだ。そのために世界を滅ぼし、全てを破壊する。神が地上へ降りてくるように」
サタンがルシファーたちの元へやってきたのは、未だ動きのない神を挑発するため。
世界最後の希望である彼らを殺せば、神たちも重い腰を上げる。
そしてもう一つ、残る大罪の権能の回収である。
サタンが持つ権能は複製した偽物。
しかもその力は、勇者アレンによって封印されている。
神と戦い滅ぼすために、残る権能の回収は必須事項だった。
残るは四つ……。
「そろそろ……馴染んできたな」
「……何を言っている?」
「聡明ならお前なら気づいたはずだ。お前たち以外が持つ権能の所在に」
「――!」
違和感はあった。
ルシファーたちは裏切り者の大罪を倒した。
本来、大罪を持つ者を悪魔が倒せば、その力は譲渡される。
すでに大罪の権能を持っていても例外ではない。
にも拘らず、誰も新たな権能を得ていない。
確実に、大罪の魔王を倒していた。
ならば権能はどこに行った?
一番考えられるのは、彼らを従えていた――
「お前の中に」
三つの権能がすでにある。
気づいたときには手遅れだった。
魔剣からこれまでの数百倍以上のエネルギーが放出される。
サタンは漆黒を纏い出す。
「ああ、やっとだ! ここまで馴染んだぞ!」
「まさかこれは――」
融合。
サタンは三つの大罪の権能を、終焉の魔剣で取り込んだ。
取り込んだ力は溶け合い、魔剣の能力を底上げする。
結果、周囲を一瞬で呑み込むほど強大な力に目覚めた。
「ふはっはっはっはっはっ! いいぞいいぞ! これほどの力を感じたのは初めてだ!」
サタンが歓喜し震える。
あふれ出る無限の力に酔いしれる様に。
完全に油断していた隙をつき、ルシファーが稲妻を放つ。
「無駄だ」
「っ!」
しかし一瞬で弾かれてしまう。
サタンが纏う漆黒が、ルシファーの攻撃を自動的に迎撃したのだ。
「もはやお前の攻撃は余に届かん。終わりにしよう」
サタンの全身から黒劉が放たれる。
これまでの比にならない規模、速度で周囲を覆っていく。
ルシファーだけで収まらない。
この場にいる全員を呑み込む勢いで、黒劉が拡散されていく。
「くっ」
ルシファーは後退し、キスキルたちの元へかける。
彼のもつ権能でも、周囲全てを黒劉で覆われてしまえば、時間を戻しても攻撃を受ける。
仮に逃げられたとしても、その他の全員が消滅する。
即座に判断した彼は、防御に全力を注ぐことに決めた。
「こいつはやべーな」
「ボクたちより他がよくありませんね」
「ベルゼビュート! ベルフェゴール! 勇者も集まれ!」
彼らは戦闘を中断し、全員で一か所に集まる。
「皆さん私の近くへ!」
サラが大剣を振り、地面に突き刺す。
彼女がアレンから預かっている聖剣アテナ。
その力を大地と融合させ、即席の結界エリアを作り出す。
上空を防御するのはルシファーが生成した水のドーム。
水の表面はリリスの黒劉でコーティングされ、ベルゼビュートの暴風の壁と、ベルフェゴールの多重魔力障壁で閉じる。
さらに内側には、聖剣テミスの力で強化された光の結界をレインが展開させる。
この瞬間に出せる最大の防御陣。
仮に都市を一撃で破壊する攻撃であっても、この中なら安全と言えるだろう。
しかし、サタンの漆黒は最硬の防御すら削り出す。
否、吸収している。
「魔力が吸われてやがる」
「聖なる力もですね」
力の種類は無関係に、サタンの漆黒は力を吸い出す。
あらゆる色を取り込み、真っ黒に染め上げる様に。
防御陣が崩壊するのも時間の問題だった。
破壊されれば最後、全員が死ぬ。
「このままでは……」
「――!」
最初に気付いたのは、彼女だった。
彼から授かった力が揺らぎを見せる。
「アレン様」
ぼそりと呟いた言葉を聞き、リリスが見上げる。
闇に閉ざされた世界に一筋の光が走る。
瞬間、結界を覆い隠していた漆黒の力が消し飛び、淡い光が周囲を包み込む。
ふわりと降り立つ彼の背中に、ルシファーが笑う。
「大遅刻だぞ」
「悪いな。けど間に合っただろ?」
「ふっ」
彼は振り返る。
泣きそうな顔をしたサラとリリスに、笑顔を見せるために。
「ただいま、みんな」
「お帰りなさい、アレン様」
「遅すぎるのじゃ。馬鹿者」
アレンと目を合わせ、抑えていた不安が解放される。
瞳からあふれ出る涙は止まらない。
アレンは優しく微笑み、視線を前へと戻す。
「待たせたな」
「……勇者アレンか」
「ああ、リベンジに来たぞ」
最強は再び立つ。
己が使命を果たすために。
これより始まる戦いこそ、史上最強にして最後の決戦である。
これにて『傲慢の魔王』編は完結です!
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次が第二部の最終章です!