傲慢な力
『傲慢』の魔王ルシファー。
大罪の魔王たちを束ねる長であり、自他ともに認める現代最強の魔王である。
大魔王サタン亡きあと、荒れる魔界を統治し続けた実績は大きい。
その実力は、かつてサタンも高く評価していた。
「予感はしていた。いずれお前が、余の道を阻むことを」
「俺は思っていなかった。こんな形で……戦うことになるとはな」
ルシファーはサタンのことを思い返す。
共に戦い、後を託された日のことを。
様々な感情が溢れる。
その全てを飲み込んで、拳を握る。
「ここでお前を止める。勇者アレンには悪いが、リベンジの機会は与えない」
「――! そうか、やはり生きているのか」
サタンはぼそりと呟く。
彼には勇者アレンの生存を確認する術はない。
故に、半信半疑だった。
しかしルシファーの発言で確信し、笑みを浮かべる。
「やはりここに来て正解だった。お前たちを殺せば、勇者は再び現れるだろう」
「そうだな。あいつは来る。怪我をしていようが、不利だろうが関係なく。それが勇者だ……だが、それより先に決着はつく」
瞬間、紫色の稲妻がサタンを襲う。
咄嗟に魔剣で防御するが、稲妻は魔剣のガードを避けてサタンに直撃する。
「ぐっ……」
「言ったはずだ。お前はここで倒すと」
「――いいだろう。お前が相手だ。余も全力で応えよう」
サタンは魔剣を構え、漆黒のエネルギーを放出する。
放たれるは波のような黒劉。
周囲の光すら飲み込んで、全てを無に還す力。
いかにルシファーと言えど、当たれば瀕死に追い込まれる。
もちろん、当たればの話だが。
「――! これは」
黒劉が押し戻される。
ルシファーが生み出したのは紫色の水である。
水は彼の足元からあふれ出て、高波を作りサタンへと向かう。
当然ただの水ではない。
ただの水が、破壊の漆黒に飲まれることなく、拮抗するだどありえない。
水で黒劉と押止て、ルシファーは跳躍する。
サタンの頭上へ移動し、右手を空に掲げて叫ぶ。
「炎よ!」
右手から生成される紫炎の柱。
それは劔のような形状に変化し、サタン目掛けて振り下ろす。
サタンは魔剣で防御する。
衝撃で地面が砕け、熱によって空気が乾燥する。
「爆ぜろ!」
直後、炎の剣は爆散する。
大爆発は四方を巻き込み、特大の爆炎を生み出す。
立ち上る土煙。
ルシファーは静かに見下ろす。
「――魔剣の力で防いだか」
サタンは魔剣を振り、土煙を払う。
直撃こそしなかったが、爆発はサタンにダメージを与えていた。
手足の一部に火傷の跡がある。
「余の身体に傷をつけるか。さすがにやるではないか。その力……変わらず特異だ」
ルシファーは元々悪魔ではない。
太古の昔、彼は天界に住まう天使の一人だった。
しかし、天界の退屈な日々に飽きてしまった彼は、自らの意志で地上に降り、天使の力を自らのためだけに行使した。
これに激怒した天界の神々は、ルシファーを天界から追放し、天使としての力を剥奪して悪魔へと堕とした。
堕天すれば聖なる力は行使できない。
だが、ルシファーは力の剥奪に抗い、一部を死守した。
結果、彼は聖なる力と魔力、二つの相反する力を宿すこととなる。
「聖なる力と魔力、本来反発し合う力を一つにし、新たな力へと昇華させた。そんなことができたのはルシファー……お前一人だ」
故にサタンも警戒した。
原初の聖剣を除き、唯一自らの力に対抗できるとすれば、ルシファーだけだった。
雷、炎、水……その全てに、終焉の魔剣とぶつかり合うだけの力がある。
「残念だ。お前のような特異な存在は、おそらく今後生まれることはない」
サタンが魔剣の力を開放する。
様子見は終わり、本気でルシファーを倒しにかかる。
サタンは改めて、ルシファーに自らの目的を阻む力があると確信した。
「呑め」
黒劉を放つ。
辺り一面から一斉に、空中にいるルシファーを覆い隠すように。
逃げ場のない全方位を囲む。
ルシファーは水流を生み出して押し出そうとする。
「無駄だ。それでは間に合わない」
「くっ」
ルシファーは黒劉に飲み込まれる。
生成した水ごと押しつぶされるように。
ルシファーを包む黒劉は、空中で漆黒の球体になる。
完全に逃げ場もなく、抗うこともできない。
「眠れ……永遠に」
「――悪いがまだ、眠るには早すぎる」
「――!!」
サタンは目を疑う。
確かに漆黒へと吞み込まれたルシファーが、何食わぬ顔で地面に立っている。
負傷はどこもしていない。
幻覚ではないことを、ルシファーの身から溢れる力で悟る。
「これは……」
サタンが攻撃を仕掛ける。
自らが動き、黒劉を放ちながら前進する。
ルシファーも雷で迎撃する。
激しい撃ち合いの末、押し勝ったのはサタンだった。
サタンがルシファーの懐に潜り込み、後退するルシファーの心臓を突き刺す。
「ぐほっ……」
「――!」
確実に心臓を潰し、死を見届ける。
が、次の瞬間ルシファーの身体が消える。
跡形もなく、血すら残さず。
気づけば背後に、傷一つない姿で立っていた。
「炎よ」
紫炎がサタンを背後から襲う。
防御は間に合わず、回避するも半身に炎を受ける。
「ぐっ、そうか……使ったな。『傲慢』の権能を」
ルシファーは不敵な笑みをこぼす。