かつて魔王だった影
上空に浮かぶ大魔王サタンがルシファーたちを見下ろす。
ルシファーがキスキルとリリスを守り、ベルゼビュートがサラとサルカダナスを庇った。
勇者二人は自分で身を守り、全員をベルフェゴールが地上に転移させる。
わずか一秒にも満たない時間で、彼らは自身の役割を果たした。
もしも気づくのが遅れていれば、今頃地中の中で潰れていただろう。
それを理解した上で、あの悪魔は攻撃をしかけた。
「お父様……」
「悪い子だな、リリスは。親である余から逃げるなど……あれだけ可愛がってやっただろう? そうは思わないか? キスキル」
「……思わないわ。あなたはサタンじゃない。偽者よ」
「ふっ、妻にさえ拒絶されるか。やはり余は一人で……全てを完遂しなければならぬようだ」
サタンは憂いに満ちた顔で空を見上げる。
まるで彼女たちの同意を望んていたように。
だが、ルシファーがそれを否定する。
「最初からそのつもりだっただろう? でなければ、攻撃する意味がわからない」
「ルシファーか。それに……ベルフェゴール、ベルゼビュート……懐かしい顔ぶれが揃っている」
彼らはかつて、大魔王サタンの部下だった。
近しく信頼されていた彼らに、サタンは自らの夢を語っていた。
故に知っている。
サタンが心から望んでいたものを。
目の前にいるサタンの行動と、その夢が乖離していることを。
「お前はサタンではない」
「不愉快だぜ。その面、その声でしゃべんじゃねーよ」
「モノマネもする相手を考えてくださいねぇ~」
「ふっ、お前たちも敵対するか。いいや……余には最初から、味方などいなかった」
サタンが魔剣を抜く。
あふれ出る禍々しい魔力と、全てを呑み込み破壊する漆黒のエネルギー。
すかさずルシファーたちも臨戦態勢をとる。
「リリス、お前はキスキルとサルカダナスを守れ」
「――何を言っておる! ワシも戦うのじゃ」
「わかんねーか? お前はもう一回戦ってんだろ? 次はオレらの番だ」
「それに、周りに気を配る余裕はなさそうなんですよ~」
ルシファーを含む三人の魔王が一歩前に出る。
それに合わせて、二人の勇者も並ぶ。
「僕たちも加勢しよう」
「魔王たちと共闘ですか? ふふっ、これも一つの正しさなのでしょう」
「勝手にしろ。ただし邪魔はするな」
「もちろんだ。僕らは守ってもらう必要はない」
この場で直接的な戦闘力を持たないのは、キスキルとサルカダナス。
彼女たちを守る役目をリリスに託し、ルシファーたちはサタンを対峙する選択をする。
その提案に不服そうな顔をしながらも、最善であることをリリスは理解した。
戦いが始まる。
直前、サタンは笑みを浮かべる。
「安心するといい。余は手を緩める気はない」
いつの間にかサタンが地面に足を付けていた。
視線が集まる。
「お前たちの相手は、余だけではないぞ」
サタンは魔剣を地面に突き刺す。
漆黒の力が地面を覆いながら広がっていく。
広がった闇が次々に盛り上がり、形を変化させていく。
「なんじゃこいつらは……」
気づけばルシファーたちは囲まれていた。
漆黒の力を纏った謎の個体。
形は同じではなく、何者かの影が実態を持ったような状態で、百を超える人型の物体が取り囲む。
その一つ一つから感じる異なる魔力に、ルシファーは目を細める。
「召喚の魔法? いや……これは……」
「彼らは魔王だった者たち、その慣れの果てだ」
「こいつらが」
「魔王?」
ベルゼビュートとベルフェゴールも驚愕する。
闇から出現したそれらは、これまで勇者や魔王同士の戦闘で滅ぼされた者たち。
かつては魔王と呼ばれ、死して彷徨った魂のなれの果て。
大魔王サタンを構成する要素に含まれる魔王たちを、魔剣の力で現代に顕現させている。
言わばこれは、魔王の影。
「さぁ、破壊を始めよう」
魔王の影が一斉に襲い掛かる。
リリスは瞬時にペンダントの効果を発動させ、魔剣を抜いて応戦する。
ルシファーたちも各々に対処する。
所詮は敗れ去った魔王たち。
この時代に生き残り、魔王たちを束ねていたのはルシファーを含む大罪である。
いくら数を揃えても、ルシファーたちには届かない。
だが、終焉の魔剣によって生み出された魔王の影は、かつての力をはるかに凌駕している。
「ぐっ、こいつ意外と」
「やっかいですね」
ベルゼビュートベルフェゴールに三十体以上の魔王が群がる。
影は魔剣の力で強化されていた。
二人が苦戦する程度に。
必然、リリスも苦戦を強いられることになる。
三体の魔王がリリスに斬りかかり、リリスは魔剣で受け止めている。
「っ、なんて力じゃ……」
「下がりなさいリリス!」
キスキルは転移を使い、魔物たちを呼び寄せる。
数には数で応戦し、たちまち戦場は乱戦状態になる。
誰一人として気を抜けない。
「これではサタンに近づけない」
「面倒なことになりましたね」
勇者レインとフローレアにも魔王の影が襲い掛かる。
純粋な強さだけが問題ではない。
相対するは魔王本体ではなく、サタンが作り出した仮初の存在。
それ故に、倒しても何度でも再生する。
「くそがっ! キリがねぇな! ベルフェゴール! ここら一帯を魔法で一掃できねーのか!」
「そうしたいんですけど、隙がないんですよぉ。それに、さっき広がった黒い力に妨害されてます。ボクから離れるほど魔力のコントロールが乱れるから難しいですねぇ」
「チッ、終わりが見えねーぞ」
「解決策は一つしかないでしょうね」
彼らの脳裏に浮かぶのは、発動者であるサタンの討伐。
これがサタンの能力ならば、奴を倒せば魔王の影も消滅する。
対処法はわかっても、サタンの元にたどり着けない。
無限に湧き出る水のように、魔王の影が彼らを阻む。
ただ一人を除いて。
「……やはりお前か。余の夢を阻むのは――ルシファーよ」
「そのためにいる」






