これで満足したか?
右手に握られた原初の聖剣。
俺は刃が正面に見える様に、原初の聖剣を持ち上げる。
そのまま目を瞑り、意識を聖剣に向ける。
――ああ、感じる。
原初の聖剣を構成する力が。
無限に湧き出る泉のように、力と意志があふれ出ている。
聖剣を握った右手から、俺の中へと流れ込む。
温かくてまばゆい力が、俺の身体と混ざり合う。
万能感とでもいうのだろうか。
今の俺なら、なんだってできる。
そんな気がしてならないんだ。
「――!」
気配に気づいた俺は、緩やかに視線を正面へと向ける。
すでに奴は立ち上がっていた。
俺に斬られ、倒れていた元魔王。
怒りに満ちた表情で、俺のことを睨んでいる。
「アンドラス」
「勇者……アレン!」
アンドラスは静かに叫ぶ。
俺に斬られた傷から血が流れている。
出血を止めようとアンドラスは傷口を抑えていた。
「驚いた。その傷で立ち上がるなんて」
流れ出た血が地面にしみる。
人間であれば失血で意識を失うほどの量だ。
悪魔にも心臓があり、脳がある。
どれだけ頑丈な悪魔であっても、血が脳に回らなければ意識は保てない。
加えて、奴に与えた傷口は……。
「無理をしないほうがいい。その傷は……お前が戦う意思を持っている間は癒えないぞ」
アンドラスは傷口を抑えている。
一向に出血は止まらず、回復系の魔法も効果を発動しない。
魔力の流れから、すでに何度か回復を試している。
絶対に癒えない傷ではない。
終焉の魔剣のように、所持者を倒さないと治癒しない呪いでもない。
ただ、意志の問題だ。
奴が俺に敵意を向け、戦う意思を失わない限り、その力は永久に発動し続ける。
傷は深い。
すでに勝負は見えている。
だが、アンドラスは怒りに満ちた表情で俺を睨み続けていた。
「……ふざけてんのか、てめぇ」
歯ぎしりの音がここまで聞こえる。
悔しさと怒りが伝わる。
「驚いただぁ? 殺す気で攻撃してもない癖に、何を驚くことがあるんだよ!」
「……」
「てめぇ、俺のことを舐めてやがるな。ガキに負けて、権能も使えない俺じゃ勝負にもならないってか!」
「……別に、そういうつもりじゃない」
戦いに置いて、相手を侮ったことなど一度もない。
たとえどれだけ力の差があろうとも、決して油断してはならない。
武器を持っている相手なら、俺を殺す方法も必ずあるのだから。
ただし今、俺は奴に敵意を向けていない。
そのことが奴には腹立たしかったらしい。
「だったらなんだ? 情けでもかけたつもりか!」
「違うさ。俺はただ……お前とも分かり合いたいと思っている」
「……は?」
アンドラスは不格好な笑みを浮かべる。
疑問と呆れが交じり合う。
理解できない……そう表情が言っているのが伝わった。
だから俺は口を開く。
「俺たちの目的は、全種族の共存だ。そこには当然、悪魔も含まれている……お前もその一人だ」
「……何を言い出すかと思えば……はっ! ありえねぇーな」
アンドラスは否定し、俺は目を細める。
彼は呆れながら言う。
「てめぇが何を望もうがオレには関係ない! 仲良しこよしは他所でやりやがれ! オレはてめぇをぶっ殺したいんだ!」
「……アンドラス」
「その眼……気に入らねぇな! オレを理解しようとでもしてんのか? 勇者の癖に、悪魔と仲良く手を取り合って幸せになろうってか? 傲慢だなぁ」
「……不可能なことじゃない」
傲慢なんかじゃない。
俺はもう知っているんだ。
世界の始まりを……種族に大きな違いなんてないことを。
何より――
「同じ夢を見る仲間がいる。ずっと敵対していた相手とも通じ合えた。不可能なんてありえない」
「……拍子抜けだぜ。オレはここへ戦いに来たんだよ。てめぇをぶっ殺すことしか考えてねぇ! てめぇの言葉なんざどうでもいいんだよ!」
「……分かり合う気はないのか?」
「何度も言わせるな! てめぇを殺したら今度こそあのガキだ。殺すなんて生温い。手足を斬り落として逆らえないようにして、一生死ぬまで笑われ続ければいい」
アンドラスの下品な笑い声が響く。
どうやら本当に、俺の言葉は届いていないらしい。
敵意は変わらず、傷も癒えていない。
これ以上、何を語っても奴には届かないのだろう。
悲しいことだが、仕方がない。
「いいぞ、その眼……やっとやる気になったか」
「俺は勇者だから、大切な者たちを守る責任がある。お前が仲間を傷つけるというのなら、俺が阻もう」
「そうだそれでいい! てめぇのその面、ずったずたにして――」
アンドラスには見えない。
俺の動きが、目で追えない。
奴が気づいたときにはもう、俺は眼前に移動していた。
握った聖剣が、アンドラスの心臓を貫く。
「が、あ……」
「これで……満足か?」
「……ああ」
今度こそ致命傷だ。
口から血を流しながら、アンドラスは笑みを浮かべる。
怒りはある。
しかしどこか、満足気な笑みを。
「……よく覚えておけ……オレが負けたのは……てめぇにだ。あのガキに負けたんじゃねぇ……」
「……そうだな」
リリスに敗れて権能を失い、サタンには裏切られて一人になる。
もはや戦う理由もなく……それでも怒りを絶やさなかった。
戦うことを選び続けたのは、奴のプライドからだ。
「オレは……魔王として、勇者に負けた」
「ああ、俺がお前を倒した。最強の勇者が……お前を下した」
「……はっ、だったら仕方ない……ですね」
いつの間にか、アンドラスの顔から怒りが消えていた。
薄れゆく意識の中で、彼は静かに目を瞑る。
「これなら……格好も……つくか」
消え入りそうな声で呟き、力なく倒れ込む。
意識を失い、力を失い、命は絶える。
サタン曰く、強大な力を持っている魔王は、死んでも輪廻の輪に戻ることができず、永遠に魂が彷徨い続ける。
俺が持つ原初の聖剣だけが、彼らの魂を開放できる。
アンドラスの身体は淡い光を放ち、光の粒子となって天へと登る。
「アンドラス……願わくば、来世は幸福を掴んでくれ」
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