あんたの名前は――
「名前を当てる?」
「そうだよ。私たちの名前は、なんだい?」
「教えてもらえないのか?」
「教えてしまったら試練にならないよ。だから君の力で、私たちから聞きだしてごらん」
空気が変わる。
俺は思わず笑ってしまう。
「結局こうするのは変わらないな」
俺は左手にオーディンを、右手にアルテミスを抜く。
ここは原初の聖剣によって生み出された精神世界だ。
原初の聖剣を除く六本の力なら、この世界で行使することができる。
アルテミスの能力による加速と、オーディンによって暴風を纏った肉体。
この二つを合わせれば、突進するだけでも相当な破壊力がでる。
「行くぞ」
俺は駆け出し、原初の神に斬りかかる。
遠慮なんてする余裕はない。
神を相手に手加減することこそ無礼だと知っているから、俺は全力で向かう。
「なっ――」
攻撃は軽く受け止められた。
俺は驚愕する。
止められたことにではなく、神の手にしている武器に。
原初の神が手にしているのは、オーディンとアルテミス。
二振りの聖剣だった。
俺は咄嗟に弾いて距離をとる。
「どういうことだ? なんであんたがその聖剣を……」
聖剣に宿るのは神の力。
他の神が聖剣を使うと言うことはすなわち、異なる神の権能を行使することに等しい。
そんなことは不可能だ。
少なくともこれまで試練で戦った神々は、自身の力で戦っていた。
「まやかしか」
「違うよ」
「だったら!」
試してやる。
俺は聖剣アテナを召喚し、自身の身体と融合させる。
現実ではサラに預けてある聖剣だが、この精神世界では行使可能だな。
そして、アテナ本来の使い方は、他の聖剣の強化にある。
俺自身と融合したことで、聖なる力が強まり、オーディンとアルテミスの能力が向上する。
「おおおお!」
先ほどよりも加速し、荒々しく吹き荒れる風を纏う。
一撃の数倍の威力で剣を振るう。
が、これでも届かない。
原初の神は一撃目と変わらぬ様子で、俺の攻撃を受け止めた。
「くっ」
続けて俺はオーディンを手放し、ニクスを生成する。
本来は月夜にできる影を操る聖剣だが、この世界には月がない。
聖なる力で無理やり影を生み出し、まばゆい世界に喧嘩を売る。
すると原初の神は、俺の蛮行をあざ笑うかのように――
「ニクスまで!」
影には影をぶつけてくる。
俺が持つ聖剣のうち、攻撃手段として強力な四本を原初の神が使っている。
グレイプニルの封印は神には通じない。
俺は縋る気持ちでフォルセティを召喚する。
真実を見抜き、未来すら予知する力。
原初の神の考えを読み解くことができれば、名前を知ることもできるかもしれない。
そんな淡い考えはあっさり吹き飛ぶ。
原初の神はフォルセティを取り出し、その力を相殺した。
「なんなんだ……」
まるで鏡の前の自分と戦っている気分だ。
どんな攻撃を使っても、同じ力で防御される。
策を弄しても見抜かれ対処される。
全てが見透かされているように。
否、俺の動きに合わせて、ただ行動しているだけにも見える。
原初の神は未だに一度も攻撃を仕掛けてこない。
「はぁ……」
苛立つ。
俺は一体何をしているのか、と。
一度も攻撃を当てられず、戦う気もない相手に軽くあしらわれている。
こんなところで躓いている場合じゃないのに。
俺は……。
「――!」
一瞬、苛立ちが漏れ出る。
俺からではなく、原初の神から感じた……感情。
それはまるで、俺の心を映すように。
俺の苛立ちを鏡で反射するように。
私たち――
原初の神が話すとき、必ずそういう。
私、ではなく私たちと。
不自然には感じていたんだ。
目の前には一人しか見えない。
この世界には俺と、原初の神しかいない。
だったら、私たちって誰のことだ?
原初の神以外に、俺に見えていない誰かがいるのか?
それとも……。
「――ああ、そうか」
どうして気づかなかったんだ。
ずっと近くにいたのに。
全身の力が抜けて、戦意が完全に消失する。
聖剣を手放した俺はゆっくり歩み寄る。
それに合わせるように、原初の神も前へと進む。
「気づいたかい?」
「ああ。ようやくわかったよ」
無性に苛立つ理由も、感じた違和感も。
すべてに納得がいく答えが見つかった。
正しいかどうかなんてわからないけど、この答えは真実なのだろう。
俺たちは向かい合い、互いに右手を前にかざす。
手の平が重なる。
「あんたは……俺だ」
「そう。私たちは君だ」
手の平から力が、記憶が流れ込んでくる。
この世界の成り立ちと、原初の神という存在がどうやって生まれたのか。
神と、生命の始まりを。
「あんたの名は――」
◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
「随分逃げ回ってくれたなぁ。だがもう限界だろ」
ネロはアンドラスに終われながら、アレンを抱えて必死に逃げていた。
身体能力ではアンドラスを上回る彼女だが、意識のないアレンを抱きかかえた分の重さと、相手がアンドラスだったことが不利になる。
アンドラスにとって地形全てが武器。
どこへ逃げようと、簡単に誘導できてしまう。
立ち止まれば終わりという状況で、彼女は一時間近く逃げていた。
ボロボロになりながら。
「まだっすよ」
「なぜそこまでする? そいつは勇者だぞ」
「知ってるすよ。あんたこそ、なんでこの人に拘るんすか?」
「はっ! そいつが全ての元凶だからだ」
彼は怒っていた。
憤怒の権能を失い、その力を変換できなくなっても。
リリスに敗北し、力を奪われたことを思い浮かべる。
そうさせたのは誰か?
答えは早々に出た。
「勇者アレン! お前がいなければオレは魔王だったんだ!」
全ての始まりは勇者アレンがリリスの味方をしたことにある。
そう結論付け、復讐の機会を伺っていた。
その機会が今、訪れている。
「よくわかんないっすけど、この人はやらせないっすよ。ウチ、一度決めたことは曲げない主義なんで」
「そうかよ。だったらもう忠告はしない。二人まとめ――」
「ありがとう、ネロ」
眠っていたアレンが目覚める。
と同時に起き上がり、アンドラスの眼前に移動する。
アンドラスは驚く暇もなく、次の瞬間には倒れていた。
アレンの右手には原初の聖剣が握られている。
「な……」
「アレン兄さん、腕が」
治癒している。
終焉の魔剣によってつけられた永遠に癒えない傷が。
それはすなわち、彼が目的を達成したことを意味している。
「やったんすね」
「ああ。おかげで……すごくスッキリしてるよ」
アレンは聖剣を空に掲げる。
「今なら――この空だって斬れそうだ」
これにて『原初の試練』編は完結です!
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