癒えない傷の治し方
十数分。
しばらくベッドで横になり、天井を見つめる。
身体は疲れているし、痛みもひどい。
眠りたくても眠れないし、休みたくても休まらない。
ただ、少しだけ冷静にはなれたらしい。
「さっきは悪かった、ネロ。止めてくれてありがとう」
「別にいいっすよ。成り行きっすから」
「……本当にお前は勇者らしいな。俺よりもずっと勇者が似合いそうだ」
「そんなことないっすよ。ウチは魔王軍の一員っすからね! 勇者なんて一番似合わないっす」
そう言って彼女は胸を張る。
彼女はリリスの配下だ。
話に聞いていたサルカダナスともう一人。
「ネロは武者修行に出ていたんだったか」
「そうっすよ。主様を支えるためには強くなる必要があったっすからね! だから強い奴を求めて歩き回ったっす!」
「心がけは立派だけど、偶には帰ってやればよかったじゃないか。リリスは一人で寂しそうだったぞ?」
「あー、ウチもそうしたかったんすけどぉ」
ネロは自分の頭に触りながら目を逸らす。
誤魔化すように笑いながら、彼女は言う。
「帰りたくても、道がわからなくて帰れないんすよね……」
「……は?」
「ウチ、方向音痴なんすよ~」
「まさかお前……ずっと迷子なのか?」
「あ、あはははははは……」
ネロは笑ってごまかした。
どうやら図星らしい。
俺は呆れて言葉を失う。
リリスの元を離れて修行して、帰ってこなかったことには相応の理由があると思っていたら……。
ただ迷子になって帰れなかっただけとは。
「……そういえば、リリスが馬鹿だって言ってたな。お前のこと」
無性に納得してしまった。
方向音痴を自覚した上で、一人で旅に出てしまったんだ。
本当にただの馬鹿なんじゃないか?
そんな奴に助けられて、あまつさえ逃げ出すこともできない。
いろんな意味で自分が情けない。
俺はため息をこぼす。
「ってことは、ここがどこかもわからないのか?」
「そうっすよ」
「ハッキリ言うな……」
現在地は不明。
少なくとも、俺が戦っていた場所からは離れている。
ネロは俺を助けた時、空から攻撃を受けたと話していた。
おそらくサタンが大規模な攻撃を放ったのだろう。
森にも攻撃のあとらしき穴が見受けられた。
予想するに、魔界全域を狙ったか。
「何を考えている……」
サタン曰く、あれはかつて魔王だった魂の集合体。
その目的に一貫性はない。
ただ世界を破壊するだけの怪物だ。
「ちょっと聞きたいんすけど、結局何があったんすか?」
「ん? ああ、そうだったな」
俺はあの戦いを知らない彼女に、今現在までの事情を説明した。
当然のごとく、彼女は驚愕する。
「サタン様が復活? しかも、勇者と協力して魔界を乗っ取ろうとしてるんすか?」
「ああ。おそらくは乗っ取りというより、世界の崩壊をもくろんでいる」
「ありえないっすよ。サタン様がそんなことするはずないっす! あの方は、魔王と思えないくらい優しいんすから!」
「それは知ってるよ。娘に甘いこともな」
あれは大魔王サタンじゃない。
これまで滅ぼされた魔王たちの集まり……ただそこに、サタンが含まれているだけ。
姿かたちは、サタンの力がもっとも強大だったから。
サタン本人がそう言っていたから間違いないだろう。
「あのサタンは偽者だ。だから俺たちは戦った。リリスも、ルシファーたちとも協力して」
だが俺は敗れた。
言い訳するつもりは一切ない。
どんな状況であれ、勝利するのが勇者の役目だった。
俺はそれを果たせなかった。
情けないことに。
「だから急いで戻ろうとしたんすね」
「ああ。けど、お前のおかげで頭が冷えた。あいつらなら大丈夫だ」
ルシファーを含む魔王たち、キスキルやサルカダナスも一緒だ。
彼らがそう簡単にやられるはずがない。
戦況を分析し、無暗に戦いを挑むこともしないだろう。
「少なくとも無事ではいる。間違いなくな」
「なんでわかるんすか?」
「感じるんだよ」
俺は自分の胸に手を当てる。
聖剣アテナは、未だ俺の元に戻ってきていない。
預けた相手が死亡すれば、自動的に俺の元へ戻ってくる。
そうなっていないということは、サラは無事でいる。
サラが無事なら、一緒にいた他の面々も大丈夫なはずだ。
だから安心できた。
落ち着いて考えればわかったことなのに、焦りで冷静さを失っていた。
こういう時こそ落ち着くべきだと、今は反省している。
「アテナは俺と繋がっている。だから方角も、なんとなくはわかる」
「本当っすか? じゃあ合流できるんすね」
「ああ、ただ……今は無理だ」
「え? なんでっすか?」
俺は傷ついた左腕を掴む。
ぐっと掴んでいるのに、痛み以外の感覚が鈍い。
この腕では、まともに剣を握ることすらできないだろう。
「お前も言った通り俺の身体はボロボロだ。こんな状態で合流しても足手まといになる。何より……今のままじゃサタンには勝てない」
大罪の権能はグレイプニルの力で封じている。
とはいえ、奴には魔剣がある。
サタンが教えてくれたように、あれが魔王たちの集合体なのだとしたら強いのも納得だ。
怪我があったとはいえ、俺の全力をぶつけて押し負けた。
仮に万全の状態で挑んだとしても勝利は不確かだ。
「じゃあ傷が治るのを待つんすか? その傷は普通じゃないっすよ」
「魔剣にやられた傷だ。所有者を倒さないと治癒できない」
「そんなの無理じゃないっすか」
「いや、一つだけ心当たりがあるんだ。この傷を治癒できる方法に」
確信があるわけじゃない。
だが、この傷は終焉の魔剣によるものだ。
なら対抗できる力は一つしかない。
「ネロ、しばらく俺を守っていてくれないか」
「え、どういうことっすか?」
「さっき話した方法をこれから試す。その間、俺の身体は動けないんだ」
俺は話しながら聖剣を抜く。
この世に存在する聖剣の中で、最も古く、最も強大な力を持つ聖剣。
終焉の魔剣と対を成す一振り。
「何するつもりっすか?」
「……こいつと、対話してくる」
原初の聖剣。
この聖剣で、神意解放ができるようになれば……終焉の魔剣の力を抑え込める。
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