間に合わないかもしれない
この世の終わりのような雰囲気が、彼女の言葉で一変する。
おそらくこの場で最も弱く、聖剣の加護がなければ少し頑丈な人間でしかない彼女によって。
絶望するには早いと。
まだ終わっていないと、皆の心にも炎が灯る。
「リリス。サタンの能力について教えろ」
ルシファーが口を開き、リリスに尋ねる。
彼は続ける。
「傷が癒えたら戦いに出る。お前たちも準備しておけ」
「な、もう戦いに出るつもりか?」
「今がベストだ。サタンは大規模な攻撃を仕掛けた後、追撃してこなかった。あの攻撃では、俺たちまで消すことはできないとわかっていたはずだ。だが来なかった……いや、できなかったのだろう。勇者アレンに深手を負わされていたから」
偽りの大魔王サタンは弱っている。
勇者アレンとの死闘で負傷し、最後の力を使って魔界全土に攻撃をした。
今現在、サタンの攻撃は止まっている。
強力な一撃ではあったが、魔界の崩壊は不完全である。
「奴がその気になれば、魔界を完全に破壊するまで攻撃を続けらえたはずだ。それをしなかったのは、俺たちによる反撃を恐れたから……今が静かなのもその証拠だろう」
「じゃから今……弱っているところを狙うしかないのじゃな」
「ああ。それに……」
ルシファーは天井を見つめる。
暗い鉄の景色ではなく、見据えるのはずっと先。
地上の、彼がいる場所を思い描く。
「あいつが生きているのなら、必ず動く。一度やられて大人しくなるような……そんなぬるい男じゃない」
「うむ……アレンならそうじゃのう」
「兄さんが一人で頑張らなくていいように、ボクたちも動きましょう」
「は、てめぇがやる気出すなんて珍しいな、ベルフェゴール! ただまぁ……それしかねーか」
弱体化しているであろう大魔王サタンを討伐する。
かの王が完全復活する前に。
皆の心が一つになっていく。
そんな中、ルシファーがサルカダナスに尋ねる。
「外の様子はわかるか?」
「この近くなら把握してる。サタンの位置はわからない。魔王城に偵察用の魔導具を飛ばしたけど、もぬけの殻だった」
「回復まで姿を晦ましたか……探せるか?」
「やってみる。異空間に逃げたわけじゃないなら、たぶん見つかる」
「よし。位置さえわかればこちらから攻められる。あの二人はどうした?」
勇者レインと勇者フローレア。
先の戦い、二名の勇者には別の役割があり、参戦していなかった。
彼らの役割は、人間側の動きを監視すること。
敵に回ってしまった勇者たちが、増援に駆け付けた場合に備え、魔界と人間界の境に待機していた。
もし、勇者たちまで戦場に現れた場合、ルシファーたちの勝率が一気に下がる。
仮に勝てたとしても、多大な被害を出していた。
そうならないように、勇者の動きは勇者が止める算段だった。
「今のところ連絡はない。魔王城周辺にも姿は見えなかった」
「……おい、考えたくねーがよぉ」
「あの攻撃に巻き込まれて、もう死んでしまった可能性もありますねぇ……」
「――勝手に殺されるのは困るね」
「レイン様」
タイミングを見計らったように、二人の勇者が帰還する。
「皆さんご無事ですね」
レインとフローレア、二人とも無事な姿を見せる。
サラやリリスはホッと胸を撫でおろす。
ルシファーがレインに尋ねる。
「無事だったか」
「ああ。空からの攻撃はなんとかやり過ごした」
「勇者側の動きもありませんでしたので、対処するだけなら容易でした」
「そうか。ご苦労だった」
労いの言葉を口にするルシファーに、レインは首を振る。
「まだ終わりじゃない、だろ?」
「その通りだ。戦いはまだ続いている」
「アレンは?」
レインは周囲を見渡し、アレンの姿がないことに気付く。
遅れて戻った二人に事情を説明した。
「アレンが……いや、僕も同じだよ。彼がそう簡単にやられるわけがない。彼なら必ず、再び大魔王サタンの前に立つはずだ」
「ええ、その時には私たちも一緒に」
「ああ。僕たちも共に戦おう。勇者として、世界を守るために」
勇者の役目は平和を守ること。
立場が変わり、多くを敵に回しても、その信念は変わらない。
二人の勇者は改めて決意する。
これでようやく、アレンを除く戦力が集結した。
「問題は、サタンの居場所ですねぇ」
「それなら、僕たちに心当たりがある」
「本当ですかぁ?」
ベルフェゴールがレインに尋ねる。
レインは僅かに眉を潜ませ、難しい表情をする。
「ああ、おそらく奴はそこにいる。急いだほうがいい……もしかすると、もう手遅れかもしれない」
「どういうことです?」
「さっさと教えろ。あいつはどこにいる?」
「……」
レインはゆっくりと口を開く。
「人間界……王都……」
それは、かつてレインやアレンが仕えた国。
人類最大にして最後の国家。
人々が平穏に暮らす場所……勇者が守るべき場所。
今、この時……。
「サタンはおそらく、王都を潰すつもりだ」
人類国家の滅亡が近づいていた。