もう一人の部下
「ここは死後の世界ではない。余が、君と話すために用意した場所だ」
死んでいない?
最後の……魔剣の攻撃に飲み込まれて生きている?
あんな絶望的な状況で、俺はまだ……。
「そう、戦える。否、君しかいない。あれを……完全に消滅させられるのは、君が持つ原初の聖剣だけだ」
「原初の……完全に消滅だと?」
「そうだ。この世の聖剣の中で唯一、魔王の魂を完全に消滅することができる」
俺が持つ原初の聖剣だけが、魔王の魂の集合体である偽サタンを討伐できる。
目の前にいるサタンはそう言っている。
あれは魔王の魂の寄せ集め。
姿かたちがサタンなのは、集まった魂の中でもっとも強く、大きな存在だったから。
見た目はサタンでも、思考はあらゆる魔王の考えが混ざっている。
それ故に、一貫性はない。
ただ一つ共通した思いは、今の世界を崩壊させることだ。
「余も共存を望んだ。それは言い換えれば、現体制を崩壊させることと同じだ」
「だからあの大魔王は世界に喧嘩を売ったのか……あんたの意志は、あいつの中にあるんだな?」
「ある。だが、自我を取り戻すことは期待しないでほしい。もはやあれの意識は、複数が混ざり合い別物になっている。余だとは思うな」
「言われなくても思わない。というか、思えない」
こうして本当の大魔王サタンと邂逅しているから、その違いがよくわかる。
リリスの感覚は正しかった。
あれは、リリスが知る大魔王サタンじゃない。
それさえ確信が持てればいい。
俺の……俺たちのやることは変わらない。
「ありがとう。大魔王……あんたと話ができてよかった」
「……いいや、余にできることは伝えることだけだ。すでに死んだ身では……祈ることすら許されない」
「大丈夫……あんたの娘も立派に成長してる。次は負けない。俺も……あいつも」
「……そうか」
初めて、大魔王サタンは笑った。
とても優しくて、温かくて、大魔王とは思えない笑顔だった。
直後、彼の存在が薄れていく。
「時間だ。君は目覚める」
「ああ」
「最後に一つ、わかっていると思うが、今のままの君では……あれの魂を完全に消し去ることはできない」
「……わかってる」
「ならばいい。娘を……世界を頼む。最強の勇者よ」
◇◇◇
闇に沈んでいた意識が目覚める。
最初に感じたのは、左腕に走る激しい痛みだった。
「うっ……っ、あ……」
気が付けば俺は、見知らぬ天井を見つめていた。
小汚い小屋で、壊れかけたベッドに横たわっている。
起き上がろうとしても、全身が重い。
上手く力が入らない。
「あ、気が付いたみたいっすね」
そこに、見知らぬ少女が顔を出す。
犬っぽい耳をぴくぴく動かし、しっぽを左右にゆっくり振る。
人間の見た目でありながら、動物の特徴を持つ。
獣人、モデルは犬。
亜人種と呼ばれている人間でも悪魔でもない存在だ。
しかし彼女からは、悪魔しかもっていないはずの魔力を感じる。
おそらくはサルと同じ、獣人と悪魔のハーフか。
「大丈夫だったすか? ひどい怪我してるみたっすけど」
「……君が助けてくれたのか?」
「そうっすよ! 歩いてたらいきなり目の前に現れて、そのまま倒れちゃったんすよ。覚えてないっすか?」
「……悪いが記憶にない」
移動した?
ここは魔王城の近くじゃないのか?
転移の魔導具はリリスに使用している。
瞬間的な移動手段は持っていなかったはずだけど……。
「いやービックリしたっすよ。瀕死の勇者が目の前に来るとか初めてだったすからねぇ」
「……どうして助けたんだ?」
俺は彼女に問いかけた。
獣人はどちらかといえば、悪魔たちの味方だ。
ハーフなら尚更そうだろう。
敵である勇者が目の前に現れて、どうして助けたのか気になった。
「ウチも迷ったんすけどね? なんかお兄さんから、ウチの主様の匂いを感じたんすよ」
「主様?」
「いやー元気にしてるっすかね~ リリス様」
「――リリス、お前まさか、リリスのもう一人の部下か?」
リリスの元にいた部下二人。
一人はサル、もう一人は武者修行に出て戻ってこないと話していた……。
「あ、やっぱり主様の知り合いっすか。助けてよかったすよ」
「……ははっ」
これも運命というのだろうか。
遠く離れ、意図せずとも、俺はお前に救われた。
戻ったらお礼を言わないといけないな。
「……ありがとう、リリス」
おかげで、まだ俺は生きている。