たとえ俺が――どうなろうとも
「アレン、ワシのせいで……」
「気にするな。これくらいの傷なら治癒でき――」
「無駄だ」
俺の言葉を遮り、サタンが言う。
「魔剣による傷は永遠に癒えない。余が生きている限り」
「……」
「すでに気づいているのだろう?」
確かに不自然だ。
本来なら既に治癒が始まっている。
だが今、まったく治る気配がない。
サタンが言っていることが事実なら……。
「その腕はもう使い物にならないぞ」
「くっ……」
ニクスの力を発動させる。
動かない腕を影でぐるぐる巻きにして固定し、無理矢理動かす。
「影の力を活用したか。だが悪あがきだ。その状態ではまともに剣を握ることすらできない」
サタンの魔力が上昇する。
魔剣からあふれ出る魔力が、奴に力を与えている。
否、おそらくさっき『暴食』の権能でリリスの攻撃を吸収したんだ。
「片腕を潰され、荷物をかかえ……余と戦えるか?」
「……」
絶望的な状況だ。
奴の言う通り、この状態で戦うのは厳しい。
リリスも……さっきの一撃でわかった。
彼女にサタンは、攻撃できない。
俺は大きく深呼吸をする。
「仕方ないな、リリス」
サルに頼んで準備してもらってよかった。
俺はそう思いながら、懐からナイフを取り出し、リリスの足元に突き刺す。
「お前はここまでだ」
「え?」
突き刺したナイフから黒いモヤが生成される。
「な、なんじゃ?」
「緊急転移用の魔導具だ。転移先はサルの研究室になってる。もう侵入されないように強化したって話だし、たぶん安全だろう」
「何を言っておるのじゃ? 引くならアレンも!」
「俺はできないよ」
俺はリリスに背を向ける。
「敵が目の前にいる……背を向けることはできない。俺は勇者だからな」
か弱き者を守るために。
誰かの幸せを壊させないように、俺たちは奮い立つ。
今までも、これからも。
「お前は十分に戦った」
「嫌じゃ、アレン!」
「あとは任せろ……ごめんな」
「アレ――」
彼女の声を遮り、空間転移は完了する。
今頃、彼女はサルの研究室に移動しただろう。
これでいい。
偽物でも、父親の顔をした敵と戦わせるなんて……酷なことをさせていた。
「リリスを逃がすために犠牲になったか。勇者とは不自由な存在だな」
「……勘違いするなよ」
俺は原初の聖剣を地面に突き刺す。
動く右手を胸の前に掲げる。
「あいつを逃がしたのは……俺の本気に巻き込みたくなかったからだ」
「……本気だと?」
俺の右手にはオーディンが握られている。
「初めてだ。実戦でこれを使うのは」
「――! 力が急激に」
上昇していることにサタンは気づく。
俺の中の聖なる力が、一瞬にして膨れ上がる。
勇者が勇者である証、それが聖剣。
聖剣には名がある。
これは全て、天に存在すると言われる神の名前だ。
比喩ではない。
聖剣は全て、神から授かった力の一端。
故に、聖剣は今も、授けた神と繋がっている。
「――神意解放」
俺の瞳が緑色に変化し、風をイメージした特徴的な文様が右半身に浮かび上がる。
サタンは驚き目を見開く。
見た目の変化にではなく、俺の背後に見えるものに。
巨大な存在のシルエット……その正体は、暴風の神オーディンだ。
「これは……」
「神意解放は、聖剣に宿った神の権能を解き放つ。今の俺は一時的だが、オーディンの力を完全に引き出せる依代になった」
すなわち俺は今、暴風の神オーディンそのもの。
神の依代となる神意解放、この力を使えるのは現代で……俺ただ一人。
「素晴らしい。まさしく現代最強……いや、余がかつて戦った勇者たちにも、これほどの強者はいなかったぞ」
「そうか。お前が本物なら嬉しい言葉だったんだけど……偽者に言われても嬉しくないな」
俺は嵐と化し、周囲を突風が吹き荒れる。
今までの比ではない。
完全開放した風は、この城を一瞬で引き飛ばせる。
その威力を前方に、ただ一人に収束させる。
「行くぞ」
「よい。受けよう」
サタンは魔剣の力を開放する。
リリスから吸収した力も上乗せして、漆黒の渦が生み出される。
両者にらみ合い、同時に動く。
暴風と漆黒。
二つの破壊の力が衝突する。
「おおおおおおおおおおおおお!」
力を振り絞れ。
今出せる最大を、全てかける勢いで。
それでも……。
「くっ……」
足りない。
わずかだが、サタンの攻撃のほうが上回っている。
「惜しいな。腕が無事なら互角だっただろう」
「……な、めるな!」
怪我のせいにするな。
それじゃまるで、リリスを悪者にするみたいじゃないか。
彼女を守ったのは俺の判断だ。
失いたくなかった。
勇者として……違う、一人の人間として。
大切な仲間を傷つけさせないために。
「く、ぐ……」
動け左腕!
怪我なんて関係ない。
この先、二度と動かなくてもいい!
今だけ、動いてくれ!
「……神意……解放!」
左手に握るは封縛の聖剣グレイプニル。
全てを封じ込める力。
攻撃に押し負けながらも解放し、その力をサタンに行使する。
「閉ざせ……グレイプニル!」
「――! 余の力を封じるか! だが不完全だ!」
「くそっ」
封印は完了した。
だが封じれたのは大罪の権能だけ。
それ以外の力は封印しきれなかった。
必然、押し合いの結果も変わらない。
漆黒の渦が暴風を呑み込み、俺の元に届く。
「見事だった。最強の勇者アレンよ……安らかに眠れ」
「っ――そ」
漆黒に飲み込まれ、視界が閉ざされる。
その前に!
「アルテミス!」
最後の神意解放を発動させる。
月の女神を降臨させ、光の力を収束して放つ。
大罪は封じた。
闇を遮り、光の一撃はサタンの胸を貫く。
「ぐっ……これほど……か……」
サタンの胸に風穴が開いている。
俺は安堵した。
せめて、サタンに重傷を負わせることができた。
後につなげたのなら、それでいい。
ごめんな……みんな。
たとえ俺が、どうなろうとも。
これにて『最強の消失』編は完結です!
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