責められないな
どういうことだ?
俺は脳内で情報を整理する。
『嫉妬』の権能を持っているのはレヴィアタンだ。
彼女は今、ルシファーと戦っているはず。
決着がついて移動した?
いや、まだ下にルシファーと戦うレヴィアタンの魔力を感じる。
戦いは終わっていない。
情報を整理しても疑問が増えるばかりだ。
さらに一つ、最悪の予感が過る。
もしこの予感が当たっていたら――
まずい!
「――フォルセティ!」
真実の聖剣フォルセティ。
その効果によって、俺は幻術を見抜く目を手に入れる。
俺が捉えていた場所にサタンがいない。
彼はすでに、リリスのほうへ移動していた。
リリスは気づいていない。
否、見えていない。
これは『色欲』の権能だ。
「極光!」
リリスに迫るサタンを攻撃する。
月の光を収束した光線を、サタンは左腕で弾いた。
ただ弾いたのではなく、反射した。
まるで光が屈折するように。
彼の腕は、黄金に輝いている。
「『強欲』の権能も、くそっ!」
俺はアルテミスの力を最大まで引き出し、持てる最速で移動してリリスを抱きかかえ、サタンから距離を取る。
「アレン? なんじゃ急に!」
突然のことで驚き動揺するリリス。
彼女は幻覚を見せられていて、未だ気づいていない。
サタンがすぐ目の前まで迫っていたことを。
「俺から離れるな。リリス」
「え?」
「理屈はわからないが、奴は大罪の権能を使う」
「なっ……どういうことじゃ!」
「わからない。今はそれより対策が重要だ」
『嫉妬』の凍結に、『強欲』の黄金化は、まだ対処がしやすい。
どちらも目に見える。
ただやっかいなのは『色欲』の幻術だ。
あれはただの幻術じゃなくて、相手にとって理想的な状況を幻覚として見せるもの。
フォルセティがある俺には通じないが、今のリリスじゃ見破れない。
唯一の救いは……。
「――! いつの間に移動を」
効果が一定間隔で切れることだ。
強力な効果である反面、一度発動してから約一分しか継続しない。
効果が切れると最大十秒のインターバルが生まれる。
今はリリスにもサタンが見えている。
「一分を俺が凌いで、十秒で反撃をするしかないか」
「――余の攻撃をここまで凌ぐか」
サタンは大きくため息をこぼす。
憂い?
それ以上に、怒りを発露するように。
「不愉快だ」
サタンの魔力が急激の上昇した。
「――これは」
「嘘じゃろ?」
怒りによる強化、『憤怒』の権能だ。
あり得ない。
他の三つならともかくとして、『憤怒』の権能は今、リリスの中にある。
彼女も信じられず、思わず自分の胸に手を当てる。
力がそこにあることを確認するように。
「リリス」
「ワシの中にある。間違いないのじゃ」
「……だったらあれも……」
偽りの力だっていうのか?
魔剣だけじゃなく、大罪の権能すら模倣できる?
どういう理屈の能力だ。
「警戒しろよリリス。今のでハッキリした。奴はおそらく……」
七つの大罪、全ての権能が使える。
かつての大魔王サタンのように。
「眠れ」
『怠惰』の権能、眠りの歌が来る。
直前で悟った俺はアルテミスを地面に突き刺し、オーディンを召喚した。
怠惰の権能は音の攻撃だ。
音とは空気の振動、ならば暴風によって空気をかき乱し、音の到達を防げばいい。
「対策が速いな」
「リリス! やつの権能が切れたら突っ込め! 俺が道を作る!」
「わ、わかったのじゃ!」
すでに十秒は経過している。
奴が幻術を発動していることは、フォルセティのおかげで感知できる。
今から一分、俺が全力でリリスを守りながら戦う。
「風よ、吹き荒れろ!」
暴風の聖剣オーディンによって生成された竜巻がサタンを襲う。
サタンは黒劉を壁にして防御し、そのまま斬撃を放つ。
あの一撃は俺でもまともに受けられない。
あらゆるものを容易く破壊する力は、聖剣に対しても有効だ。
ただし例外がある。
終焉の魔剣と対をなす、最強の聖剣ならば――
受け止められる。
俺はオーディンを地面に突き刺し、原初の聖剣を取り出す。
黒劉を受け止め弾き飛ばし、今度はアルテミスを握る。
「極光」
月の光の一撃でサタンを攻撃するも、また黄金によって反射させられる。
アルテミスでは攻撃が通らないと判断した俺は、すぐさま新たな聖剣へと切り替える。
「来い、ニクス」
自身の影から生成された直刀の刃。
夜影の聖剣ニクス。
アルテミスと同じく、夜にしか扱うことができない聖剣。
その能力は単純、夜にできる影に実態を持たせ、自在に行使すること。
「――影縫い」
「これは、影を操る聖剣」
無数の影の刃がサタンを襲う。
アルテミスのように黄金で受け流せない。
影は足に絡みついて動きをとめ、逃げ場をなくしたところで追撃する。
しかしこれも黒劉を周囲に開放することで弾く。
「驚いたな。そんな聖剣も存在するのか」
「まぁな。見た目が勇者らしくないから、普段はあまり使わないけど」
好き嫌いを言っていられる状況じゃない。
勇者らしさは後で考えればいい。
元より、俺は勇者という肩書を疾うに捨てている。
「一分、経ったぞ」
影縫いを弾いたことで、黒劉の力は四方に拡散している。
俺との攻防に集中していたサタンは、完全に背後から意識が逸れていた。
彼は気づいていなかった。
とっくにリリスは駆けだし、背後で魔剣を振り下ろそうとしていることに。
「行け、リリス!」
「おおお!」
黒劉を纏った斬撃。
未熟でも終焉の魔剣による攻撃なら、いかにサタンでも耐えられない。
タイミングは完璧、完全に無防備。
この一撃は当たる。
そう、彼女も思ったのだろう。
「リリス」
「――っ」
至近距離で目と目が合う。
偽物でも、懐かしき顔がそこにある。
彼女はまだ子供だ。
切っ先が緩んでしまったことを、責めることはできない。
「惜しかったな」
わずかな躊躇によって、サタンの防御は間に合ってしまう。
魔剣は魔剣で受け止められる。
「っ――」
「残念だ、リリス」
サタンの反撃を、リリスは躱せない。
瞬時に悟った俺は駆け出した。
アルテミスの力を最大に高め、光の速さで移動して。
それでもギリギリだった。
すでに放たれた漆黒の一撃を、完全に回避することはできなかった。
「ぐぅ……」
「アレン……アレン!」
リリスを守り、抱きかかえる右手。
彼女に怪我はない。
代わりに俺の左腕はボロボロになり、肩から手首まで露出する。
だらんと垂れてしたたり落ちる血液が、重症さを物語る。
「あの状況で助けたか。勇者というのは、つくづく守るのが得意なようだな」
「それが勇者だ。はぁ……」