お前は偽物だ
「なっ、どういうことじゃ……?」
「あの剣は……」
俺とリリスの視線が揃う。
サタンが右手に持つ魔剣を見た直後、俺たちはリリスの手元を見た。
同じだ。
形状も、感じられる威圧感もまったく。
あらゆる魔剣の頂点にして、終点。
原初の聖剣と対を成す最強の魔剣は、この世界に一振りしかない。
二つ同じものが存在するはずがない。
「魔剣まで……偽物を用意したか」
「偽物ではない。君ならわかるはずだ。原初の聖剣を持つ君なら」
「……」
あれは偽物だ。
頭ではそう理解していても、身体が逆を言う。
似すぎているんだ。
形はどうとでもなるだろう。
だが、魔剣からあふれ出る異質にして異様の魔力は再現できない。
あれは終焉の魔剣だけが持つ特別な魔力だ。
どういうことだ?
今、隣から感じる特別を、目の前の悪魔からも感じている。
同じ力が二つ存在している。
あり得ない現象、光景に脳が混乱を訴える。
「終焉の魔剣は元来、余が持つべき魔剣だ。余が持っていても、なんの不思議があるのだ?」
「違和感しかないだろう? 本物の魔剣はこっちだ。リリスが持つ魔剣こそ、かつて大魔王サタンが使っていた最強の魔剣……この世に二つとない」
俺は否定しながら頭を働かせる。
終焉の魔剣が二振り存在するなんてありえない。
原初の聖剣がそうであるように、あれは一つしか存在できない。
そういう類の力だ。
どちらかが贋作であることは確定。
本物はリリスの剣で、サタンが持っている物は偽物だと……。
逆の可能性も考えられるのか?
リリスが持つ魔剣は、魔王城の地下に保管されていて、一度リーベという下級悪魔に盗まれている。
その時にすり替わった?
もしくは最初から、複製品が魔王城に保管されていた?
いや……偽物だ。
どこまで似ていても、リリスが持つものこそが本物で、奴の魔剣は贋作に違いない。
俺はずっと見てきた。
リリスと特訓している間、あの魔剣の力を目のあたりにしてきた。
あれが偽物であるはずがない。
己の感覚を信じろ。
それに……。
「偽物であれ、本物であれ、俺たちがやることは変わらないな」
「そ、そうじゃな! あいつを倒すだけじゃ!」
リリスも改めて魔剣を構える。
自分が持つ魔剣が本物なのか、あれが偽物なのか。
彼女も迷っているのかもしれない。
「安心しろリリス、お前のが本物だ。俺が保証する」
「アレン……」
明確な根拠はない。
俺の感覚を信じろと、彼女に言っているだけだ。
納得はできないだろう。
それでも、リリスは笑ってくれた。
「うむ、アレンがそう言うなら本物じゃな」
信じてくれた。
俺の言葉を、根拠のない自信を。
これまでの出来事を経て、俺たちの間に硬い信頼が築きあげられていることを実感する。
「ワシの力が本物じゃ! 偽物なんて、こいつでへし折ってやるぞ!」
「その意気だ」
俺たちは魔王サタンと向かい合う。
依然、彼は動いていない。
俺たちの様子を観察しているのか、じっと待っているようにも見えた。
彼は口を開く。
「やはり、戦わなければいけないのか?」
「そのつもりじゃ」
「お前を倒す。そのために来た」
「……はぁ」
サタンはため息を漏らす。
直後、周囲の空気が冷たくなる。
「残念だ」
サタンが放ったのは殺気だ。
実際に気温が下がったと錯覚するほど、冷たくて恐ろしい殺気を放つ。
これまでの優しい雰囲気は消え去り、静かに怒る。
強すぎる殺気に、リリスは僅かに身体が硬直する。
その一瞬をつくように、サタンは眼前から消えた。
「え――」
「お仕置きだ」
サタンは振りかぶる。
魔剣を、娘であるリリスに向けて。
聖剣と魔剣が衝突する。
二人の間に割って入り、俺がサタンの斬撃を受け止めた。
「親子の時間を邪魔しないでもらおう」
「何が親子だ!」
互いに切っ先を緩めぬ鍔迫り合い。
今の攻撃は、間違いなく本気でリリスを殺す気だった。
剣に迷いがなかった。
こうしてぶつかり合っている間も、彼から殺気があふれ出ている。
最初からわかっていたが、やはりこいつは……。
「偽物だ」
俺は聖剣に力をこめ、鍔迫り合いからサタンを吹き飛ばす。
後方に飛んだサタンは難なく着地し、向かい合う。
「娘を本気で殺そうとする親がいるか!」
「時には厳しさも必要だ」
「だとしてもありえない。大魔王サタンは娘に甘い。それは……今のリリスが証明してくれているんだよ!」
スパルタ指導をする父親がいて、母親もキスキルというしっかりした悪魔で。
ここまで甘ちゃんに育つわけがない。
大魔王サタンは娘に甘かった。
リリスという存在が、それを硬く証明している。
間違っても自分の目的のため、娘を殺そうとする男じゃないはずだ。
「リリス」
今の一撃でよくわかっただろう。
あいつは偽物で、俺たちが倒すべき敵だと。
「大丈夫じゃ。守ってくれてありがとう」
「戦えるか?」
「無論じゃ。今度は油断したりはせんぞ!」
リリスの瞳にも熱がこもる。
今の攻防でハッキリと、彼女にとっても敵であると身体が理解したようだ。
魔剣を握る手に力が宿っている。
「行くぞ、リリス」
「うむ!」