リリスは怒る
魔界が完全に崩壊する。
大魔王を騙る悪魔が放った砲撃の雨によって。
その数十分前に遡る。
俺とリリスは邂逅した。
名を騙り、立場を騙り、偽りの目的を宣言した男と。
彼女は偽物だと言った。
俺も、かつてあの男に仕えた悪魔たちも同じく、彼は偽物だと断言した。
「お父……様……」
「久しぶりだな、リリス」
声を聞いたのは初めてだ。
想像していたよりも優しく、細い男性の声だった。
とても大魔王を名乗れるような恐ろしさを感じない。
雰囲気も、佇まいも、どこにでもいる優しそうな父親だった。
少なくとも俺にはそう見える。
リリスを見ている視線が、あまりに父親のそれに似ていた。
そう、似ていた。
恐ろしいほどにそっくりだ。
夢の中でリリスと共に対面した時の、あの姿かたちをしている。
俺も知っている魔王サタンがそこにいる。
必ず倒すと意気込んできたリリスが動揺しているのも、その姿があまりに似すぎているからだろう。
だが、どれだけ似ていようとも俺の考えは変わらない。
「お前は誰だ?」
俺はリリスの動揺を拭うため、代わりに尋ねた。
鋭く睨むようにサタンを見つめる。
サタンは俺に視線を向け、目を細める。
「余は大魔王サタンだ。そう名乗ったはずだが?」
「違うな。お前はサタンじゃない。大魔王は百年前の戦いで死んでいる」
「その通りだ。余は一度死んだ。そして蘇った。この通り、余はここにいる」
サタンは両腕を広げ、生きている身体をアピールする。
幻覚や偽装ではない。
そんなことはとっくにわかっている。
俺の中の加護が、彼の言葉に嘘がないことも証明していた。
あの肉体は生きている本物だ。
ただし、蘇ったという部分を俺は完全に否定する。
「ありえない。この世界に死を覆す力はない! それができるは唯一……神だけだ」
人は死ぬ、悪魔も死ぬ。
死は生物にとっての終わりであり、誰しも共通して訪れる。
そこに例外は存在しない。
一生の長さに違いはあれど、必ず訪れる。
不老はあっても完全な不死はない。
死ねば終わりだ。
蘇りなど、いかに大魔王と言えど不可能なんだ。
それに――
「お前が本当に大魔王サタンなら、こんなことはしない」
「こんなこと?」
「世界を恐怖で支配し、逆らう者は皆殺し。まさに大魔王……と、知らない奴なら思うだろう。けど、俺たちは違う。俺は……リリスも知っている。かつて大魔王が何を望んだのか! どんな世界を作るために戦ったのか!」
全種族の共存。
それこそが、大魔王サタンの願いだった。
娘のリリスが夢を受け継ぎ、今度こそ実現させようとしている。
俺は彼女の、彼らの夢に共感して共に戦う道を選んだ。
今さら、間違うはずがない。
「お前がやっていることは、かつてサタンが望んだ理想とはかけ離れている! そうだろ? リリス!」
「――!」
俺は彼女に問いかける。
未だ動揺し、上手く言葉が出ない彼女に。
動揺したままでは戦えない。
相手は敵だと、父親ではないと、彼女自身に選択させなければ。
「……そうじゃ。お前はお父様じゃない!」
「リリス……余はサタンだ」
「違うのじゃ! お父様は世界を乗っ取ろうとはせんかった! それだけの力があっても、いつも戦いをせず終わらせる方法を考えておったのじゃ!」
リリスは叫ぶ。
己の中にある疑念……目の前にいる男が父親かもしれない。
そう思ってしまう心を振り払うように。
「どうやら誤解させてしまっているようだな」
「誤解などあるはずがないのじゃ」
「……あの時から考えが変わったのだよ。余のやり方では目的は達成できない。だからやり方を変えた。余の願いは変わっていない」
「それも嘘だな」
今度は俺が否定する。
サタンは俺に視線を戻す。
「従わない者は蹂躙する。その方法は、全種族の共存という願いから外れている」
「余に賛同する者だけでよい。そうでない者と、歩みを合わせることなどできはしないと悟ったのだよ」
「嘘じゃ! お父様が簡単に諦めるものか! ワシは知っておる。お父様は一度決めたことを曲げるような男ではない! お前は……偽物じゃ!」
「リリス……」
悲しい顔を見せるサタン。
娘に拒絶されて落ち込むそぶりを見せる。
リリスの心に動揺を誘うための演技なのだろう。
だが、今にリリスには通じない。
彼女は悲しむわけではなく、迷うわけでもなく、ただ……怒っていた。
亡き父を騙る悪魔に、最後まで貫いた信念を否定されたことに。
「それに……じゃ」
何より、彼女が怒っていたのは……。
「お父様なら……生きておったなら、どうしてワシやお母様のところへ来てくれんかったのじゃ」
「事情があったんだ」
「嘘じゃ。お父様なら絶対、どんな困難があってもワシらの元に来てくれる。ワシらのことを……何よりも一番に考えてくれておった」
「今でも愛しているよ。お前を、キスキルを」
「ふざけるな……お父様の顔で、声で……そんなことを言うでない!」
爆弾が破裂したような音がする。
声が響き、怒りが満ちる。
もはやリリスは完全に、目の前の男を敵として認識していた。
彼女は無意識にペンダントの力を発動させ、大人バージョンの姿に変身する。
「懐かしいな、そのペンダント……余があげたものだ」
「違う! これはお父様の形見じゃ! 断じて、お前などではないのじゃ!」
リリスは右手に終焉の魔剣を手にする。
これ以上、俺からリリスに言うべきことはなさそうだ。
俺は彼女の隣で原初の聖剣を抜き、構える。
「悲しいな、余と戦うのか」
「当たり前じゃ! これ以上、ワシの前でお父様を侮辱させはせんぞ!」
「お前はここで止める」
「……そうか」
サタンは悲しい表情のまま目を瞑る。
どこまでも父親のような振る舞いを変えず、憂いに満ちた佇まいで、その手に握ったのは――
「仕方がない。余にも、譲れないものはあるのだ」
終焉の魔剣。
この世に二つとない最強の魔剣だった。
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