開戦の狼煙
大魔王サタンの軍勢は、東の大陸をほぼ制圧していた。
元大罪の魔王たちを筆頭に、東の大陸に拠点を構える魔王たちを襲撃。
その全てを難なく下し、城と配下の悪魔たちを奪っていた。
結果、大陸の東は完全に彼らの領地となり、誰も挑む者はいなくなっていた。
「残り二日……まだ待たなきゃいけねーのか」
「そういう約束ですからねぇ~」
「ひゃはははっ! お前はあのガキを殺しただけじゃねーかよ、アンドラス」
「焦る必要はないわ。どうせ時間の問題よ」
「……チッ」
アンドラスの大きなため息が木霊する。
大魔王サタンによって世界中に与えられた猶予は十日間。
その間、彼らは仲間を増やし、来るべき戦に備えていた。
挑む者以外は相手にせず、侵略ではなくスカウトという形をとり、着実に戦力を増やしていく。
「勧誘は順調かしら? アスモデウス」
「微妙なところですねぇ~ 正直これ、効率悪いんですよぉ。勇ましく断ってくる者も多いですからねぇ」
仲間の勧誘を主に担当しているのはアスモデウスだった。
彼の持つ『色欲』の権能は、相手を欺くことに長けている。
交渉が決裂した場合は即座に殺し、その証拠を消し去る。
加えて、大罪の魔王である彼自身が赴くことで、対象に自分が選ばれた存在なのだと思い込ませることができる。
だが、交渉の結果は現在半々。
予想以上に断られる回数が多く、アスモデウスも驚いていた。
「本当に困ったものですよぉ~ 力の差がわからないおバカな悪魔たちには」
「しっかたねーんじゃねーのかぁ? まだルシファーたちがいやがる。奴らが生存している限り完璧にゃー崩せねぇよ」
「逆に言えば、彼らさえ消えてしまえば、世界は私たちの方へ完全に傾くわ」
「チッ、歯がゆい。こっちから攻めて――」
アンドラスが何かに気付く。
視線を壁の向こうへ、大魔王の新城が騒がしい。
「なんだ?」
「襲撃じゃねーか? 久しぶりに頭のおかしい馬鹿が来やがったかよ」
「いえこれは……おやおや、アンドラスの願いが通じてしまったのかもしれませんねぇ」
アスモデウスが魔導具を使い、外の状況を観察していた。
他の魔王たちも覗き込む。
その光景を見たアンドラスが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「来やがったか」
大魔王の城周辺に、悪魔の大軍勢が侵攻している。
弱小の魔王とはわけが違う。
数千、数万の大軍勢が押し寄せていた。
彼らは瞬時に理解する。
この大軍勢の正体は間違いなく、ルシファーたち大罪の魔王であることを。
「では出陣しますかねぇ」
「いや待て。全員で行く必要はない」
アスモデウスをアンドラスが引き留める。
彼はすでに経験している。
この戦い方を、彼らが狙う場所を。
◇◇◇
数万の大軍勢。
魔王ルシファー、ベルゼビュート、ベルフェゴールの配下の悪魔たち。
および、彼らの傘下にいる魔王たちが集結している。
この大軍勢を率いるのは魔王ではなく、意外にもこの二名だった。
「隊列を崩さず前進しなさい。これより城を包囲します」
魔王ルシファーの相棒、かつて大魔王と呼ばれた悪魔の妻キスキル。
ルシファーから全軍の指揮を任されている。
そしてもう一人は……。
「殿は私にお任せください」
「頼みますよ、サラさん」
「はい」
勇者アレンの専属メイド、サラ。
彼女の大剣には、すでに勇者アレンの聖剣アテナが融合している。
圧倒的な身体能力を持つ彼女に聖剣の加護が加われば、大罪でもない魔王程度は相手にならない。
さらに、戦場には顔を出さず、遠方から視線する者もいた。
「――キスキルさん、敵が動き始めました」
「ありがとう。あと何分で衝突しそうかしら?」
「七分と二十秒です。衝突位置はおそらくだけど、魔王城の敷地手前」
通信魔導具の先にいるのは発明家サルカダナス。
彼女は小型の遠隔魔導具をいくつも飛ばし、戦場全体の状況を確認していた。
戦場において、敵戦力や動きを正確に把握することは、時に強さよりも重要な要素となる。
サルカダナスの存在は、本作戦で極めて重要である。
「ねぇ、サラだっけ?」
「はい」
「よかったの? こんな役割で。勇者アレンと一緒のほうがよかったんじゃない?」
「……お気遣いありがとうございます」
サラはクスリと小さく微笑みながら答える。
迷いなき表情で。
「ですが、大丈夫です。私はアレン様のメイドです。アレン様が私に、この役目を任せてくださいました。私の力が必要だと言ってくださった」
サラは大剣を強く握る。
「なら私は、その期待に応えるために全力を尽くしましょう。あの方が戻ってきた時に、胸を張ってお迎えできるように」
それがサラの本心である。
彼女の心には、微塵の疑いや不安はない。
ただ、信じている。
勇者アレンを、彼が選んだ道を。
「そうか。じゃあ余計なお世話だった」
「いえ、ご心配してくださったことは嬉しいです。ただ……アレン様を実験動物のように扱うのは、許しませんよ?」
「怖いなぁ。これは、研究の仕方を考えないといけないかな? さて……」
サルカダナスが真剣に戦場の光景を注視する。
奇しくも同じタイミングで、キスキルが変化に気付いていた。
「二人とも、話は終わってからにしてください。来ます」
「はい」
「これは……予定より早い」
未だ敵軍はもたついている。
奇襲を予想していなかったか、それとも統率が取れていないのか。
どちらにしろ、進軍は順調だった。
が、それもここまで。
戦場にいち早く、あの魔王が姿を見せる。
大地を壁のように変形させ、大群の侵攻を一人で食い止める。
そんなことができるのは一人しかいない。
「あなたですか。魔王アンドラス」
「キスキル! 久しぶりだなぁ、お前がこの軍勢を率いてんのか?」
「ええ、見ての通りです。あなたは随分と雰囲気が変わりましたね? あの子に負けて、化けの皮がはがれてしまいましたか?」
キスキルが煽り、アンドラスがピクリと反応する。
両者はにらみ合う。
そびえたつ錬金術の壁が一部開き、ぞろぞろと大魔王の軍勢が姿を見せる。
「チッ、ガキはこっちじゃなかったか。まぁいいぜ、どうせあのガキだけは生捕だ。あとでたっぷり拷問にかけてやる」
「残念ですが、それは叶いません。あなたはここで倒れます」
「クソメイド! てめぇはこっちにいてくれてよかったぜぇ~ お前らは殺してもいいって話だからなぁ!」
アンドラスの魔力が膨れ上がる。
すでに臨戦態勢。
が、他の魔王たちは姿を見せない。
敵軍を率いているのはアンドラスだけである。
「妙だな。他の魔王が戦場にいない」
「これは……気づかれているようですね」
「当たり前だろうが! こちとら一回くらった手だ。てめぇらの狙いがどこなのか……そんなもんわかりきってる! だから俺がここに来たんだ」
「そうですか。では――」
先手、サラが飛び出し大剣を振り下ろす。
アンドラスは大地を錬金術で操作し、彼女の攻撃を受け止める。
「お互いに役目を果たすとしましょう」
「いいぜ! ギッタギタにして泣かせてやる」
大罪連合軍と大魔王の軍勢。
巨大な勢力がぶつかったのと、ほぼ同時刻。
魔王城でも開戦の狼煙があがっていた。
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