なんで全裸なんだ……
研究室を離れ、俺は一人でベルフェゴールの寝室に向かった。
昨日も感じたことだが、魔王城の中が不自然に静かだ。
働いている悪魔も多くない。
魔王城の規模は、ルシファーの城とそこまで差はないように見える。
ルシファーのところが多すぎるのか。
それとも何か事情があるのか。
ベルフェゴールに確認したいことが増えた俺は、自然と足早になった。
部屋の前にたどり着き、形式的にノックだけしてみる。
当然のごとく無反応。
今度は声もかけてみる。
「おーい、もう朝だぞー」
三秒待つ。
帰ってきたのは静寂だった。
誰もいないんじゃないかと思えるほど静かだが、中からベルフェゴールの魔力を感じる。
寝ていることが確定して、俺は扉に手をかけた。
「入るぞ」
返事は期待していない。
俺はゆっくりと扉を開け、彼の寝室に入る。
部屋の真ん中に、豪勢な屋根付きのベッドが一つある。
ピンクのガラの布団はちょっと可愛らしい。
まるでお姫様の寝室のようだった。
眠っているのは、魔界を支える魔王の一人だが……。
「ベルフェゴール」
ベッドの横まで歩み寄り、呼びかける。
予想通り彼は眠っていた。
スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てながら、布団をしっかり首までかけている。
「こうしてみると子供だな」
リリスと背丈は一緒だけど、彼女より子供っぽく感じる。
あどけない顔に、小柄な体格も相まって。
人間で例えるなら、十歳から十二歳くらいだろうか。
眠っている姿は小動物みたいで、とてもじゃないが強大な力をもつ魔王には見えない。
「おーい。もう朝だ。起きろ」
「ぅうー」
「ったく、気持ちよさそうな顔しちゃって」
少し拍子抜けしてしまう。
それに……あまりに気持ちよさそうに眠っているから、少々起こすのが可哀そうになった。
しかし残念ながら今は緊急事態だ。
俺は心を鬼にする。
「いい加減に起きろ!」
俺は布団に手をかけ、無理矢理ひっぺがすことにした。
布団はバサッと音を立て折りたたまれる。
「ふわぁっ」
布団が消えてびっくりしたのか、ベルフェゴールは気の抜けた声を漏らした。
というより、こっちもビックリさせられた。
「お前……なんで全裸なんだよ」
布団を剥がした視線の先には、下着もつけずに寝転がっている子供が映っている。
素っ裸のベルフェゴールは寒そうに丸まる。
未だに目を開けない。
「ぅ……」
「こいつまだ起きないのか」
ふとんはもうないし、服は……最初からなさそうだが。
この状況でも起きないとは徹底されている。
仕方がない。
この手は使いたくなかったが、最終手段を取ろうじゃないか。
俺はゆっくりと彼に近づく。
狙うのは顔、ではなく耳元だ。
かなり昔にサラから教わった手法を試してみよう。
俺は耳元に顔を近づけ、軽く息を吹きかける。
「ふぅ」
「ひゅう!」
ベルフェゴールが飛び起きた。
間抜けな声を出して。
「あ、本当に起きた」
「ちょっとぉ~ 何するんですかぁ~」
「いや全然起きないから。うちのメイドから伝授された秘奥義を使ってみたんだよ」
割としっかり効果があることに驚いた。
サラなりのジョークだと思っていたのに。
「うぅ~ やめてくださいよ~ ボクは耳が弱いんですからぁ」
「魔王の弱点が耳か。なんか可愛いな」
ビックリして顔を赤くしているところも含めて。
よく見ると瞳も綺麗な緑色をしている。
宝石みたいにキラキラ輝いていて、見ているとこっちも安心する。
「なんですか? そんなじっと……」
ベルフェゴールは自分の身体を確認する。
そのまま視線を俺に戻す。
「ボクは男の子ですよ?」
「安心しろ。俺にそういう趣味はない」
「そうですか。裸の僕をじっと見てるし、耳に変なことするし、変態なのかと思いました」
「心外だな」
耳に息をかけたのは全然起きなかったからで、裸に至ってはまったく関係ない。
ビックリさせるのは……まぁ嫌いじゃないが。
「というかなんで裸なんだよ」
「えぇ? そっちが脱がしたんじゃないんですかぁ?」
「どうして俺が脱がすんだ。最初から着てなかったぞ?」
「そんなはずないですよ。ちゃんと服は着て……ああー」
ベルフェゴールはベッドの反対側に視線を向ける。
床には脱ぎ捨てられた服が散らばっていた。
彼は納得する。
「また自分で脱いじゃったみたいですね」
「いつもそうなら俺を疑うなよ」
「いや~ たまーに脱いでない時もあるんですよ? だからもしかして、誰かが脱がしてるんじゃないかなーって疑ってたんですよね~ ついに犯人を見つけたーって思ったのに」
「鏡見ろ鏡を、犯人ならそこに映ってる」
ベルフェゴールは寝相がかなり悪いらしい。
十回寝たら九回は無意識に全裸になってしまうほど。
こんな無防備で大丈夫なのかと、勇者ながら魔王が心配になった瞬間だ。
俺は呆れてため息をこぼして言う。
「まぁいい。さっさと着替えて行くぞ。お前も含めて話があるんだ」
「わかりましたー。あー……」
ベルフェゴールは脱ぎ捨てられた服をじーっと見つめて固まっている。
「どうした?」
「……着替えるの、メンドクサイですね」
「おい」
「このままじゃだめですか?」
素っ裸のままリリスとサルの元へ行く気か?
俺は同じ男だからなんとも思わないが、リリスは発狂するぞ。
サルは……気にしないだろうな。
「ダメだ。着替えてくれ」
「えぇ~ このままでもいいじゃないですか~」
「ダメだ」
「ここはボクの城なんですよ? どんな格好をしていてもいいじゃないですか」
「来客がいない時はな」
話している最中も一向に着替える気がない。
ベルフェゴールは心から面倒くさそうな顔をして、落ちている服を見たりベッドを見たりしていた。
このまま放置すると二度寝を始めそうだと思った俺は、仕方なく動く。
落ちている服を拾い上げ、ベルフェゴールに尋ねる。
「着替えはこれでいいのか?」
「え?」
「面倒ならいい。俺が着替えさせるからじっとしてろ」
「……ふっ」
ベルフェゴールは小さく笑う。
「なんだ?」
「ううん、なんでもないですよ~ 着替えはそっちの棚に入ってます」
「そうか。あ、せめて下着くらいは自分で履いてくれ」
「はーい。それくらいはやりますよ」






