研究の邪魔しないでくれる?
エルフと悪魔の混血。
魔導学に精通し、様々な魔導具を作り出した稀代の天才魔導具師。
彼女の名はサルガタナス。
かつて大魔王サタンに仕えた部下の一人であり、現在はその娘であるリリスの部下……ということにはなっていた。
「なぜもっと早く教えんかったのじゃ!」
「えぇ~ だって聞かれませんでしたから。それにボクだって好きで居座らせてるわけじゃないんですよぉ~ いきなり押し寄せて研究したいから場所を貸せーって言われて」
「与えたのか? 場所を」
「だってごねられると面倒じゃないですかぁ~ サルさん変な道具いっぱい持ってるし、相手にしたくないんですよ。研究したいだけみたいでしたからねぇ」
俺とリリスはベルフェゴールの案内で、彼が支配する領地にやってきた。
ペンダントを修理するために。
サラを残してきたのは心配だが、レインとフローレアもいる。
一日くらいなら大丈夫だろう。
魔王城へ到着すると、ベルフェゴールは地下へ続く道に俺たちを案内する。
「もうすぐですよぉ」
「どんな奴なんだ? そのサルガタナスっていう悪魔は」
「変わった方ですよ~ 魔導具の研究以外には一切興味ないみたいですね。昔は大魔王様も手を焼いていましたよ」
「そんな奴がよく一時的でもリリスの元に残ってたな」
聞く限り、大魔王に恩があって残っていた雰囲気もない。
どういう理由か尋ねると、リリスは不機嫌そうな顔で言う。
「研究施設があったから残っていただけじゃよ。急に出て行ったのも、研究する対象を探すためとか言っておった」
「自由な悪魔だな。協力してくれるのか?」
「わからん。じゃが奴に頼るしかないんじゃよ」
リリスは壊れたペンダントを握りしめる。
今後の戦いに備えて、リリスの力は必要になる。
確かに、頼るしかないな。
どんな悪魔であろうとも。
「到着しましたよぉ~」
鉄でできた仰々しい扉。
ガコンギコンと物騒な音が中から聞こえる。
ベルフェゴールは扉を押し開ける。
「勝手に入っていいのか?」
「いいですよ~ どうせ呼びかけたって聞こえませんからねぇ」
そう言って扉を完全に開く。
中はまさに研究施設と言わんばかりの様相をしていた。
見慣れない道具や設備に、緑色に光る板がある。
そして緑の板の前に、一人の小柄な女性が座っていた。
「おい、サル!」
「――? その声、ああ……リリスか」
彼女は振り返る。
予想していた人物とかけ離れた容姿だった。
混血とは聞いていたけど、ほとんど見た目はエルフだ。
特徴的な耳に白い肌。
緑色の透き通った瞳……悪魔のしっぽがなければ、ただのエルフ以外の何物でもない。
「久しぶり、何しにきたの?」
「何しにじゃない! お前、勝手に出て行って何しとるんじゃ!」
「何って、見ての通り研究だけど?」
「くっ……相変わらずじゃな」
リリスは歯を食いしばり、悔しそうな顔をする。
気持ちはわかるが争っている時間はないぞ。
リリスもそれは理解している。
大きく深呼吸をして苛立ちを抑え、彼女はサルガタナスに言う。
「サルよ。このペンダントを修理してくれ」
「嫌だよ。メンドクサイ」
「なっ、サル! お前今がどういう状況かわかっておるのか!」
「知ってるよ。大魔王が復活して戦争するんでしょ? 大変そうだけど、アタシには関係ないから」
彼女はくるっと振り返り、緑の板に注視する。
聞いていた通りの自由な悪魔だ。
世間の状況を知った上で、自分とは関係ないと本気で思っている。
「サル!」
「騒がないで。邪魔するなら出て行ってもらうよ」
「お前……」
「じゃあ、どうすれば修理してくれるんだ?」
サルガタナスが俺の声に反応する。
ゆっくり振り返り、視線が合う。
「あんたは……勇者アレン」
「俺のことは知ってるのか」
「まぁ、あんたは有名だからね。なんで一緒にいるの?」
「俺はリリスの仲間なんだよ」
「へぇ~ すごいじゃんリリス。勇者を仲間にできたんだ」
「そうじゃろ! アレンは頼りになる、ってそうじゃないのじゃ!」
世間話になりかけた話題をリリスがぶった斬る。
サルガタナスは耳を塞ぎ、うるさいなーと文句を言う。
「お前は研究がしたいんだよな?」
「そうだよ。争いごととか興味ないから」
「研究対象は魔導具だけか?」
「別に、基本全部。未知のものなら大歓迎だよ」
「そうか、じゃあこれとかどうだ?」
俺は自分の胸に手を当て、聖剣を抜く。
この世でただ一振り、全ての聖剣の原点にして最強の力。
長い歴史の中でも、この聖剣を手にした勇者は俺を含めて二人だけだ。
「それは……」
「原初の聖剣だ。こいつのことを調べてもいい」
「へぇ、気前がいいね。聖剣って勇者にとって魂の一部みたいなものなんだろ? それを簡単に差し出すんだ」
「簡単じゃない。同じくらい、リリスのペンダントも大事な物なんだよ」
「アレン……」
彼女にとって力を発揮する道具というわけじゃない。
父親との大切なつながりだ。
壊れたままにしておきたくない気持ちは、俺も同じなんだよ。
「聖剣かぁ~ 確かに触れてこなかったし、興味はあるかもね」
サルカダナスは立ち上がり、ゆっくり俺の元へやってくる。
彼女は軽く聖剣の刃に触れた。
「うわぁ、すごい力の塊だね」
「どうする?」
「うーん……そうだね」
彼女は聖剣を撫でながら考えている。
ふと、違和感が走る。
「お前……」
「ん? なに?」
視線を合わせる。
俺は出かかった言葉を呑み込む。
「なんでもない」
「そうかあ。また明日ここへ来てよ」
「修理してくれるのか!」
「それは明日考えるから」
「なっ……なんじゃこいつ……ワシらには時間が――」
期待してからガッカリして、肩をシュンとさせるリリス。
詰め寄ろうとした所を引き留める。
「アレン?」
「明日にしよう。ベルフェゴール、今日は泊ってもいいか?」
「大丈夫ですよ~ 部屋は余ってるんで」
「アレン? ちょっ、引っ張るな!」
俺はリリスの手を半ば強引にひっかり、彼女の研究室を出る。
去り際、俺は彼女と視線を合わせる。
「――頼むよ」