違うのじゃ!
大魔王サタンの宣言から一時間後。
キスキルの迅速な行動により、二人の魔王が招集された。
集結に時間がかかったのには理由がある。
どうやら二人の領地でも軽く混乱が起こっていたらしく、その対処に終われていたらしい。
集まってすぐ、二人は大きくため息をこぼしていた。
「ったく散々だぜ。戦い以外で無駄な体力使いたくねーんだけどな」
「ボクはぐっすり寝てたんですよぉ~」
「二人ともよく来てくれた。悪いが、雑談をしている暇はない。大体のことは察してもらうぞ」
ルシファーが二人にそう言うと、二人の視線は俺たちに向いた。
どうしてリリスと俺たちが一緒なのか。
勇者レインとフローレアもいる。
事情を知らない二人にとって、この光景も異常だろう。
だけど、それ以上に危機的状況にあるが故に、余計なことは突っ込まない。
「先に現状わかっていることの共有をする。キスキル」
「はい」
俺たちが持っている情報の全てを、二人の魔王にも伝えた。
驚きこそしていたが、二人は冷静に話を聞いていた。
全ての共有が終わり、情報をまとめる。
「……で、さっきの宣戦布告かよ」
「あれはビックリしましたねぇ~ ぐっすり寝てたのに起こされちゃいましたよ」
「てめぇはもっと緊張感を持て」
「えぇ、なんでボクが怒られてるんですかぁ? 頑張って起きたのに」
イライラしているベルゼビュートとは対照的に、ベルフェゴールはノホホンとした態度を崩さない。
大罪会議で見た二人のイメージは崩れないな。
この状況でも、大きく動じていない証拠だろう。
ベルゼビュートはため息をこぼし、鋭い視線でルシファーを見る。
「で、てめぇはどう思う?」
「あの男か」
「ああ、大魔王サタンと名乗った。オレたちの王の名を……本物だと思うかよ」
ルシファーに注目が集まる。
この場の誰もが意見を聞きたい内容だ。
ルシファーは数秒沈黙して、ゆっくり口を開く。
「映像だから魔力は感じない。が、あの通信魔法からわずかに、大魔王サタンの魔力を感じた」
「やっぱそうか」
「あれは間違いないですねぇ。ボクたちが忘れるはずもありませんし」
三人とも、かつての主君の魔力を感じたらしい。
魔力は悪魔固有の力で、それぞれに個性が現れる。
たとえ親子であっても、まったく同じ魔力は存在しない。
だとしたら、結論は出る。
「映像から感じた雰囲気も近かった。あれは――」
「違うのじゃ!」
ルシファーの言葉を遮って、リリスが否定する。
真剣な表情をする彼女に、全員の視線が集まった。
ベルゼビュートが尋ねる。
「違うって? 別の悪魔だって言いてぇのか?」
「そうじゃ。あれはお父様ではない」
「根拠はあんのかよ」
「……ワシが、そうだと思ったのじゃ」
「……は?」
ベルゼビュートは呆れた顔をする。
根拠になっていない。
ただ、リリスの表情は真剣で、ふざけている様子もなかった。
彼女は続ける。
「確かに魔力は似ておる。声も、雰囲気もそっくりじゃった。けど……違うんじゃ。絶対に違う! あれがお父様であるはずがないのじゃ」
「リリス……」
彼女は訴えかけるように話す。
その様子を心配そうにキスキルが見守る。
リリスは感情を高ぶらせ、胸の内に秘めた思いを発露する。
「お父様なら! ワシらを殺そうとするはずがないんじゃ。お前たちだって、お父様が優しいことを知っておるじゃろ!」
リリスの言葉がルシファーたちに響く。
彼らはかつて、大魔王サタンの部下だった。
共に戦い、共に生きた。
彼から後事を託され、大罪の魔王として魔界を統治してきた。
リリスの言う通りなのだろう。
彼らは知っている。
大魔王サタンが、どういう存在だったのかを。
「ったく、根拠もくそもねぇな」
「ですね~ けど、あながち間違ってないんじゃないですか?」
「まぁな。オレも薄々、違うんじゃねーかと感じてた」
「ボクもですよ~ そっくりさんっているんですねぇ~」
「お前たち……」
ルシファーが小さく笑う。
「お前はどう思う? キスキル」
「……私も、リリスと同じ考えです」
「そうか。ならそういうことだ。あれは大魔王サタンではない。その名を騙る偽物だ」
「うむ!」
大魔王サタンではない。
彼らにとってその結論は、話を次に進める上で重要なことだったはずだ。
サタンは夫であり、父であり、主君だった。
それぞれの想いが、サタンの生存を否定する。
前提に結論が出たところで、ルシファーが話を進める。
「あの宣言で同調した悪魔たちは多いだろう。少なくとも半数以上は俺たちの敵になる」
「数がいればいいってもんじゃねーだろ」
「大事ですよ~ うじゃうじゃ湧かれると駆除が面倒ですから。こっちも仲間は増やしたほうがいいんじゃないですかぁ?」
「そうだな。本格的に動き出すのは十日後と言っていたが、あれが事実とは限らない。キスキル、傘下の魔王たちと連絡を取っておけ。交流があった者たちもだ」
「かしこまりました」
来るべき戦いに備えて戦力を整える。
ルシファーたちの方策は決まった。
「勇者アレン、お前はそれで構わないか?」
「ああ、異論はない。戦力集めは俺じゃどうしようもないからな。役に立てなくて悪いな」
「ふっ、必要ないことだ。お前は戦いで魅せてくれればいい」
「了解だ。で、一つ問題があるんだが」
俺はリリスに視線を向けた。
視線を感じて、リリスも気づく。
彼女は自分の胸からペンダントを取り出す。
「これじゃな」
「ああ。アンドラスにペンダントを破壊された。今のままじゃ大人バージョンに変身できない」
「なるほど。それは少々面倒だな」
ルシファーは顎に手を当て目を細める。
多くが敵に回ってしまった現状、リリスも大きな戦力だ。
時間制限付きだが終焉の魔剣を持ち、アンドラスから『憤怒』の権能を簒奪した。
これからの戦いで、リリスが活躍する場面はあるだろう。
戦いが始まる前にペンダントを修繕する必要がある。
「治せるか?」
「悪いが俺には専門外だ。この手のことはベルフェゴールに聞け」
「えぇ、ボクだって魔導具は詳しくないですよぉ~ あーでも、それ大魔王様が作ったものですよね? だったら普通の悪魔に修繕は無理だと思いますよぉ」
「そうなのか……誰かいないのか? 修繕できそうなやつは」
沈黙が続く。
心当たりは誰もいないのか。
そう思った時、リリスが口を開く。
「一人おる。治せる者なら」
「なんだ、いるなら早く言ってくれ」
黙っているから誰もいないのかと思ったぞ。
俺はリリスに尋ねる。
「誰だ?」
「ワシの部下じゃ。ほれ、前に話したじゃろ?」
「ん? あー二人いるって話の」
「うむ。一人は魔界屈指の魔導具師じゃ。研究したいからとどこかへ旅立って……どこにおるかもわからんのじゃよ」
リリスがすぐ回答しなかった理由を察する。
いるけど、今どこにいるかはわからない。
宣戦布告は魔界中に響いた。
出てってからしばらく帰ってこない不忠の部下だ。
「こんな状況じゃ……もうあちら側についとるかもしれん」
「……」
「あのー、それサルさんのことですよね?」
ひょこっと手を挙げたのは『怠惰』の魔王ベルフェゴール。
だらーんとした緊張感のない態度は変わらず、何かを知っている様子を見せる。
「なんじゃ? 行方を知っておるのか?」
「ええ、まぁ、だってボクの城にいますからねぇ」
「……は?」






