聞こえてきた名は
勇者軍団の襲撃を受けたルシファー領。
すでに戦闘は終結し、被害報告と修繕作業に移っている。
「キスキル。外の様子はどうなっている?」
「戦闘中だった魔王と一団はすでに撤退した模様です」
「そうか。タイミング的に、勇者の襲撃に合わせた陽動だったか」
「おそらくは」
キスキルも同意する。
これまで八回に渡り無益な特攻を仕掛けてきていた他の魔王軍。
勝機もないのに挑んできたのは、ルシファーたちの意識を外に向けるための陽動だった。
実際、彼らは兵力を外へと回しており、場内の警備は手薄になっていた。
「異なる魔王たちが組織立って行動している……か。ますます気になってくるな。奴らのトップが誰なのか」
「……」
表情を曇らせるキスキル。
大罪の魔王たちを団結させ、他の魔王たちを使役する。
そんな存在がいるとすれば……。
「お母様!」
「リリス、あなたも来ていたのね」
母親の姿を見つけて安心したリリスが駆け出す。
勢いよくぶつかるみたいに抱き着いて、お互いの無事を確かめ合う。
「よかった! 無事じゃった」
「そっちも襲撃されたんでしょ? 怪我はしていない?」
「ワシは大丈夫じゃ! でもこれが……」
「ん? あ、ペンダントが……」
リリスは壊れてしまったペンダントを母親に見せる。
それは亡き大魔王サタンが残した魔導具。
二人にとっては形見のような代物だ。
「お父様から貰った大事なペンダントじゃったのに……」
落ち込むリリス。
キスキルも悲しい気持ちになりながら、リリスの頭を撫でる。
「いいのよ。あなたが無事ならそれで……」
「お母様……」
母親らしくリリスのことを慰めて、キスキルは俺に視線を向ける。
「ありがとう。あなたが守ってくれたのね」
「残念ながら俺一人じゃないですよ」
恥ずかしい話、俺の手は間に合わなかった。
もしも彼らが来てくれなければ、リリスは大けがをしていたことだろう。
俺は後ろから近づく二人に視線を向ける。
キスキルも俺の視線に合わせる。
「勇者レイン、フローレア」
「初めまして、ですね」
「こんにちは」
「……お二人はこちら側、ということでいいのですね?」
キスキルは味方かどうかを確かめる。
二人は無言で肯定する。
「そうですか。ご助力、感謝いたします」
「礼は不要です。僕たちはただ、僕たちの正義のために戦っているだけですから」
「ふふっ、悪魔からお礼を言われるなんて思いませんでしたね」
「私も同じです」
彼らは過去、何度か衝突している。
魔王ルシファーの傘下にいる魔王との戦闘で、補佐に来ていたキスキルと交戦したことがあるそうだ。
お互いに刃を交え、敵意を向け合った敵同士。
蟠りは簡単には消えないが、そんなことを言っている場合でもなかった。
「アレン、一先ず全員で情報の共有と整理が必要だと思う」
「そうだな。ルシファー!」
「いいだろう。全員、俺の城へ入ることを許可してやる」
「もうすでに入ってるけどな」
建物の修繕や死傷者の対処はルシファーの部下たちに任せ、俺たちは互いが持っている情報を確かめ合うことにした。
俺たちは揃って場内へと入る。
その時、天に巨大な亀裂が走る。
「なんじゃあれ!」
「通信魔法……?」
キスキルがぼそりと呟いた。
夜空がひび割れたように亀裂が入っている。
派手な見た目だが、効果は遠方に声や風景を届けることらしい。
魔王たちが離れた部下に命令したりする際に用いるそうだが……。
「こんな規模は見たことがないな。魔力の感じからしても、ベルフェゴールやベルゼビュートじゃない。この魔力……」
「……」
「……」
俺たちは空を見上げる。
各々が驚く中で、特に表情を曇らせた三人がいた。
ルシファー、キスキル、そしてリリスだ。
俺はリリスに尋ねる。
「心当たりがあるのか?」
「え、いや……」
「何か気づいたなら教えてくれ」
「……似ているんじゃ」
リリスは歯切れの悪そうにつぶやいた。
似ている。
一体誰に?
その問いを投げかけるより先に、亀裂から声が放たれる。
「同胞諸君! よーく聞こえてますかーぁ?」
「この声……アスモデウスか」
「そのようだな。空間が開くぞ」
空にできた亀裂が大きく開く。
漆黒の割れ目に映し出されたのは、アスモデウスを含む大罪の魔王たちだった。
俺たちを襲撃した面々が並び立っている。
そこには権能を奪われ憤慨するアンドラスの姿もあった。
「この映像は魔界全域に流れているのだわねぇ~ これからだーいじなお話をするからぁ~ 同胞諸君は耳の垢を綺麗に掃除して聞くようぉーにぃー」
「ふざけたしゃべり方だな」
「アンドラス? どうして生きている?」
「わからんのじゃ。権能はワシが持っておる。確実に倒したはずじゃった」
驚くキスキルにリリスが教えた。
アンドラスの復活は、誰もが予想できなかった結果だ。
キスキルは表情を曇らせる。
「まさか……」
ぼそりと口にする。
リリスと同じように、彼女は亀裂から漏れ出る魔力に何かを感じていた。
彼女たちは何かに気付いている。
その答えはおそらく、あの映像の中にある。
俺は亀裂の映像に注目する。
「まず最初に宣言しますよぉ~ わたーしたち四名は魔王は、今日をもって大罪を脱退しまーす!」
「だろうな。で、同盟でも組んだのか?」
「おや、おやおや~ 今、同盟とか思った愚か者がいませんかぁ~ 違いますよぉー!」
「聞こえてるのかよ」
「それはない。あれは一方的な通信だ」
ルシファー曰く偶然らしい。
アスモデウスは他人の心を見透かすような言動が得意だったらしい。
危うく騙されるところだった。
「けど……」
同盟を否定した。
なら、彼らはどうして一緒にいる?
大罪の名を冠する魔王は仲間ではない。
明確な敵対こそしていなかっただけで、本来は異なる地を治め、兵力を有する敵同士だ。
悪魔たちの社会は特にわかりやすい。
彼らが従うのは、力による支配だ。
義理人情で彼らは動かないし、まとまらない。
力こそが全て。
弱き者は強き者に従う。
ならば、お前たちは一体――
「誰に従っている?」
俺は聞こえないと知りながら、映像に向かって問いかける。
こちらの声は届いていない。
が、アスモデウスはニヤリと笑みを浮かべた。
「お待たせしても申し訳ないのでぇ、ご紹介しましょう。わたーしたちは新しい王! 偉大なる大魔王――」
一瞬、世界の時間が制止したような感覚に襲われる。
おそらく、リリスやキスキルはもっと長く停止した感覚に苛まれただろう。
俺たちも驚く。
それ以上に、彼女たちには信じられない光景だったはずだ。
大魔王……。
その名を許されているのは、過去から現在に至るまで、たった一人の魔王のみ。
その名は――
「お父……様?」
「サタン様でぇすよぉ!」
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