お前たちじゃ足りない
ルシファーの領地では現在、断続的に戦闘が勃発していた。
相手は勇者ではなく……。
「ルシファー様、南西から敵軍が迫っています」
「相手は? また別の魔王か?」
「はい」
「……ふぅ、これで何度目だ?」
「襲撃は八回目です。いずれも、これまで動きがなかった魔王たちです」
勇者アレンと通信した日、最初の襲撃が起こった。
魔王とその一団が攻めこんできたが、一時間も経たずして鎮圧される。
同じ魔王とは言え、大罪の一員でもない魔王ではルシファーの城を落とすことなどできない。
誰もがそれを知っているからこそ、魔界で最も平穏な領地と言われていた。
「最初は……いつものごとく勘違いの新米かとも思ったが……」
「違いますね。これは……計画的な進軍です」
「キスキルもそう思うか?」
「はい。新たな襲撃までのタイミングや方向、不自然なまでに統率が取れた動きも気がかりです。玉砕覚悟の特攻をしかけている点も気になります」
数回を超える連続戦闘を経て、敵の行動パターンには共通するものがあった。
それは、勝つ気がないこと。
彼らは自らの命を燃やし、玉砕を承知で特攻をしかけている。
まるでルシファーの戦力を削ることが目的のように。
何かの捨て駒にされているのではと、キスキルは分析していた。
「洗脳か。得意なのはアスモデウス辺りだが、これほど大規模な洗脳はできないはずだ」
「ならば彼らが自主的に命を投げ出していると思いますか?」
「考えにくいな。どこの馬鹿でも、命は惜しいはずだ。それを容易に捨てる……いや、死を恐れていない?」
ルシファーの脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
死を恐れない特攻の裏に何かある。
恐れる必要がないのだとしたら?
彼らはすでに、死を克服する手段を手に入れているのだとしたら?
「死者の復活……」
「ありえません」
ルシファーの独り言を耳にし、即座にキスキルが否定した。
「死者を蘇られることなど不可能です」
「……いいや、お前は知っているはずだ。それをただ一人、可能にした悪魔がいる」
「……」
「大魔王サタン」
キスキルの夫であり、かつて魔界を完全支配した大魔王サタン。
彼ならば、死者を蘇らせることが可能だった。
それができた唯一の存在だ。
「ルシファー、もしも、サタンが生きている可能性を考えているならありえません。あの力は自分には使えませんから」
「それが事実という保証がない」
「……」
「もし事実なら……!」
魔王城に衝撃が走る。
襲撃は領地の外で食い止めており、城下町まで届くことはなかった。
ルシファーは感じ取る。
複数の、勇者の気配を。
「侵入されたようだな」
「いかかがなさいますか?」
「もちろん、迎撃だ」
ルシファーは立ち上がり、玉座の間から出る。
魔王城敷地内の庭では、すでにルシファーの部下と勇者たちとの戦闘が繰り広げられていた。
ルシファーは戦場を見下ろす。
「多いな。これだけの勇者が城に侵入したのは初めてだぞ」
「そいつぁーよかったなぁ!」
頭上にルシファーを見下ろす影が一つ。
大剣を肩に担ぐ屈強な戦士は、ニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。
「最後にいい景色が見れて満足だろ? 魔王ルシファー」
「あなたはここで終わります」
続けてもう一人、小柄な少年がひょこっと顔を出す。
ナイフを片手にくるりと回転させる。
そしてルシファーの背後に、金髪の男性が姿を見せた。
「我らが相手だ」
彼も聖剣を抜く。
鋭く美しいサーベルの形状をした聖剣を。
「なるほど……『最硬』と『最速』、それに『最優』の勇者か」
「はっ! 俺たちのことは当然知ってるよなぁ」
旧勇者ランキング五位。
『最硬』の勇者アッシュ。
人類最高硬度の肉体の持ち主であり、彼の身体に傷をつけた者は未だかつて一人もいない。
炎を操る大剣、業火の聖剣アグニの所有者である。
「僕たちも有名になったね」
旧勇者ランキング四位。
『最速』の勇者スフィール。
彼の最高速度は光の速度に達し、本気の彼を捉えることなど誰にもできはしない。
雷を操る短剣、雷撃の聖剣トールの所有者。
そしてもう一人。
旧勇者ランキング三位。
『最優』の勇者オータム。
人格、能力、戦績、全てにおいて秀でた結果を残し、勇者の中でもっとも優れた存在に与えられる称号『最優』の所持者。
アレン、レインに次ぐ実力者であり、流水の聖剣ポセイドンを扱う。
「陛下の命に従い、魔王ルシファーを討伐する」
現王国における最強戦力が集結し、魔王ルシファーに敵意を向ける。
「こうして揃うと壮観だな」
「てめぇの最後には相応しい相手だろ?」
「……ふっ、うぬぼれるなよ」
直後、三人の勇者は痛感する。
放たれた殺気に、視線の圧力に体が震え、空気すら振動する。
この地で戦う者たちは全て、かの魔王の圧に一瞬固まった。
敵であれ味方であれ、その存在を意識せずにはいられない。
「『最強』がいない。その時点で、俺と戦うには不足だ」
「はっ、言ってくれるじゃねーか」
「舐めないでほしいですね」
「不足かどうかは、戦ってから判断することだ」
口では対抗しながら、勇者たちは聖剣を構えた。
余裕などないことは戦う前から悟る。
彼らが前にしている悪魔こそ、現代最強の魔王である。
「まぁいい。退屈凌ぎにはなるか」