また裏切りですか
「勇者レインに反抗の兆しが?」
「――そうだ。先の報告は、お前たちの耳にも入っただろう?」
国王と大臣たちは会議を開く。
正式な会議ではなく、密会に等しい。
警備はなく、薄暗く蝋燭の明かりだけが灯る部屋で、彼らは語り合っていた。
王国の未来について?
否、己が権力を守るための話し合いを。
「レインがその様子であれば、フローレアも同様でしょう。彼らは二人で一つですから」
「いかがなさいますか? 陛下」
「うむ……」
勇者アレンと同様に、裏切り者として追放するか。
その選択肢はすぐ浮かんだ。
が、軽々に選べない。
すでに最強の勇者が消失した王国で、これ以上の戦力を失うことはリスクでしかない。
勇者レインと勇者フローレア。
この二人の存在も、勇者アレンと同じく人々の心を支えていた。
「やはり放置が得策ではありませんか? 幸い、反抗の意志はあれど行動に移すことはないでしょう。彼らは勇者ですから」
「……うむ、ではこのまま――」
「抹殺すべきですわ」
国王の決定を遮り、一人の女性が口を挟む。
彼らは注目する。
不遜な態度で腕を組み、ニヤリと笑みを浮かべる彼女に、誰一人文句を言わない。
国王も、大臣も、彼女の言葉を否定しない。
人間ではない彼女の言葉に耳を傾ける。
「すでに綻んでしまった繋がり、放置すればもっと大きくもつれる。今のうちに排除しておくほうがよいでしょうね」
「ですがそれでは戦力の低下が止められない」
「安心してください。そのために、私たちと同盟を結んだのでしょう?」
暗闇から一歩前に進み、隠れていた顔が映る。
『嫉妬』の魔王レヴィアタン。
大罪の一柱にして、魔界を統治する魔王の一人が、人類国家の城にいる。
異常事態である。
敵軍の侵入を許している。
だが、誰も慌てない。
誰も疑問を抱かない。
なぜならこれは、彼らにとって自然なことだから。
「あなた方の敵はすでに、私たち魔王ではありません。敵は……私たち歯向かう全てのものたち……勇者であれ魔王であれ、その全てが排除する対象なのですよ」
「……」
「もちろん私一人の意志ではありません。これは我らが大魔王様のご意志です」
「おお! 大魔王殿も味方してくれるのか。であれば心強い」
大臣たちは顔を見合わせて納得する。
ニコリと微笑むレヴィアタンに、国王は問いかける。
「排除して、いいのだな?」
「ええ、必要であれば私たちも協力いたしましょう。勇者アレンの存在も……このまま放置しては、後に障害となりえます。こちらも、私たちが処理いたします」
「では、勇者アレンは任せよう。レインとフローレアは、こちらで処理させていただく」
「ええ、そうしましょう。全ては私たちの輝かしい未来……穏やかな平和のために」
◇◇◇
勇者アレン討伐任務から帰還して一か月が過ぎようとしていた。
変わらず勇者として魔王と戦い続けるレインとフローレア。
一時的に王都へ帰還した二人は耳を疑う命令を受ける。
「……陛下、本気なのですか?」
「もちろんだ。すでに討伐隊の準備は進んでいる。レイン、フローレア、お前たちも参加しろ」
「……」
「陛下! ご自身が何をおっしゃっているのか理解していますか!」
レインは声を荒げる。
それほど異常……非常識な命令であった。
しかし、国王の意向は変わらない。
「何度も言わせるな。これは命令だ。お前たちは従え」
「っ……お言葉ですが陛下、そのようなことをすれば、現体制は崩壊します」
二人に下された命令、それはとある魔王の討伐だった。
勇者が魔王討伐を赴くのは当然のことである。
が、討伐対象にも優先順位があり、無暗に敵対すべきではなかった。
魔王の数は増え続けている。
戦力をどう振り分け、適所で対応することが重要だった。
人間界と魔界は、絶妙なバランスの上で均衡を保っていた。
「お考え直しください陛下! このようなことをすれば、人々の平和を我々が脅かすことになりかねません!」
「……従えぬというのか?」
「はい」
「お前もか? 勇者フローレア」
国王はフローレアを睨む。
彼女は変わらず、ニコやかな表情で答える。
「私は勇者レインの意志を尊重します」
「……そうか。ならば仕方がない」
「陛下」
「現時点をもって、お前たちを反逆者と断定する」
直後、二人を取り囲むように騎士たちが部屋に乱入してくる。
一人や二人ではない。
百を超える騎士と、数名の勇者の姿もあった。
「なっ、陛下!」
「その二人を拘束しろ。抵抗するなら殺しても構わん」
「――! 最初からそうするおつもりだったのですね? 勇者アレンと同じように、我々も始末しようとお考えか!」
「従わぬ勇者など不要だ」
騎士と勇者が二人に詰め寄る。
レインとフローレアは背中を合わせ、迫る彼らをけん制する。
今にも戦いが始まりそうな雰囲気の中、レインは国王に進言する。
「本当によろしいのですか? 僕たちまで追放すれば、王国を守る兵力は一気に失われます。そうなれば魔王たちの侵攻を許すことになりますよ?」
「問題ない。お前たちの穴はすでに埋める用意がある。餞別だ……見せておいてやろう」
国王が右手を挙げる。
彼の背後、黒い影が広がり空間は繋がれる。
レインとフローレアは瞬時に理解する。
あれは魔法であることを。
魔法を扱える存在など、悪魔以外にはありえない。
「まさか……」
「これは酷い裏切りですね」
影の中から姿を見せる。
異形の悪魔と魔物の軍勢が、取り囲む勇者と騎士たちに加わった。
まるで敵対せず、仲間であるように。
「陛下、あなたは……悪魔と手を組んだのですか?」
「悪魔ではない。魔王と、だ」
「魔王と……陛下……」
「何を怒っている? 勇者アレンも同じことをしていたのだろう? それを肯定したお前が、私のことは否定するのか?」
レインは唇をかみしめる。
確かに同じだ。
アレンも国王も、人ならざる者と手を結んでいる。
だが、彼は否定する。
「違う! 彼は勇者として、世界を平和に導くために手を取った! だが陛下、あなたはどうだ? なぜ魔王と手を組んだ?」
「無論、人類のためだ」
「違うな! 僕にはわかる……あなたは自らの権力を守るため、魔王の甘言に乗った。真に人類のことを考えるなら、このような蛮行に及ぶはずがない!」
「……ふっ、遺言はそれだけか?」
レインの魂から吐き出された言葉も、国王には届かなかった。
彼の眼はすでに濁っている。
レインとフローレアは、傀儡となってしまった国王を見定め、お互いに顔を見合う。
「陛下、あなたは侮っている」
「私たちを二人揃えてはいけませんよ?」
レインは聖剣アポロンを、フローレアは聖剣テミスを召喚した。
襲い掛かろうとする者たちを、彼らは衝撃波を周囲に放ち吹き飛ばす。
この一撃こそ、王国との決別を意味していた。
「陛下、あなたの選択が間違いであることを、いずれ必ず証明してみせます」
「善を裏切るその悪を、私たちは許しません」
隙を作った二人はその場から逃走する。
戦いではなく逃走を選択したのは、二人の最後の忠義に他ならない。
彼らが本気になれば、国王も他の人間も、悪魔でさえ敵わない。
「陛下! 追いましょうか?」
「……よい。放っておけ。どちらにしろ、ことが進めば奴らは何もできない。世界はすでに、私たちの手の中にあるのだから。そうなのだろう? 大魔王……サタン」
国王の背後に浮かぶ影が、ニヤリと笑みを浮かべた。