君らしくないね
「ど、どういうことじゃ……ぐっ」
「サラ!」
「かしこまりました」
拘束されているリリスを、サラの大剣が救出する。
破壊した瓦礫を蹴って移動し、リリスを抱きかかえたサラが俺の元へ戻る。
「助かったのじゃ」
「油断するなリリス。あれは以前のアンドラスじゃない。明らかに……」
「わかっておるのじゃ。あやつ……魔力が上がっておる」
どういう理屈だ?
死んだはずの悪魔が復活し、しかも数段強化されている?
意味がわからない。
こんなこと初めてだ。
混乱と迷いが心を曇らせる。
だが今は、悩んでいられる状況じゃない。
「アンドラスは二人で相手をしろ。三体は俺がやる」
「うむ」
「了解しました」
からくりは不明だ。
強化されていることも把握した上で、二人なら勝機はある。
最悪きついなら、俺が手早くこいつらを片付けて援護すればいい。
いや、今の成長したリリスならきっと……。
「行くのじゃ! ……え?」
動揺が走る。
ペンダントの効果を発動しようとしたリリスが、絶望した表情を見せる。
「そんな……ペンダントが……」
「馬鹿な奴だ! 俺が触れたんだぞ? そんなもの、壊せないわけねーだろうがぁ!」
「まさか……」
リリスが首につけているペンダント。
その核である宝石が砕かれている。
これでは大人バージョンに変身できない。
「くそっ」
「いけませんわ? あなたの相手は私たちでしょう?」
背筋が凍る寒気がした。
比喩ではない。
瞬間、俺の右腕が凍結する。
「ぐっ……」
「アレン様!」
「かまうな! お前はリリスを守ってくれ!」
「――はい!」
戦況は一変してしまった。
リリスが戦えない以上、こちらの勝機は薄い。
俺一人ならともかく、リリスとサラを守りながら戦うなんて絶望的だ。
「オーディン!」
暴風の聖剣。
この力で周囲の大気を操り、彼女たちも援護する。
その前にこの氷を剥がす。
右手首だけだった凍結が、次第に肩までせりあがってきている。
オーディンの力で砕かなければ全身凍結していただろう。
ただの氷じゃない。
魔法かと思ったが、おそらく『嫉妬』の権能だ。
「まるで細菌だな」
一か所でも凍結すれば、そのから一気に全身へ広がる。
さらに凍結された箇所の感覚が消滅した。
凍結した対象の機能を停止される効果もある。
もし全身凍ってしまえば、俺は死ぬ。
「よそ見は感心できませんねぇ~」
続けて『色欲』の権能が発動する。
突如として風景が変わる。
桃色の空から、これまで倒してきた魔王たちが姿を見せる。
「幻術か」
これが『色欲』の権能。
恐ろしくリアルな幻術を作り出す。
迫る魔王たちの気迫は本物のそれに近い。
だが、これが魔王の力による幻術であれば、対処法はある。
「来てくれ――フォルセティ」
真実の聖剣フォルセティ。
この聖剣を手にしている間、俺はあらゆる真実を見抜く目を手に入れる。
他人の嘘を見抜く加護も、この聖剣と繋がっていた。
フォルセティを持つ俺にまやかしは通じない。
あらゆる真実を見抜く目は、他人の心すら覗き見ることができる。
さらにこの力は、直前の未来すら見る。
「今度はお前か――強欲!」
「ひゃっはー!」
黄金の斧を振り回し、俺に向けて振り下ろす。
フォルセティの効果で幻術から抜け出した俺は、ギリギリで攻撃を回避する。
マモンの一撃は地面に衝突した。
瞬間、触れた個所が黄金に変化する。
『強欲』の魔王マモン、奴がもつ権能はもっとも厄介だ。
「触れたものを黄金に変える力か!」
「正解だっぜ~ ちなみに聖剣も例外じゃないんだぜぇ~」
続けて攻撃を仕掛けてくる。
俺はオーディンの力で突風を生み出し、マモンを吹き飛ばす。
おそらく聖剣も触れれば黄金化してしまうのだろう。
この上なく面倒な能力だ。
これで三体の権能は知れた。
強力かつ厄介だが、相手にする分には問題ない。
問題は俺じゃない。
「っ……」
「サラ!」
「心配いりません。平気です」
サラは額から血を流す。
アンドラスは地面を支配し、巨大なゴーレムとドラゴンを生成していた。
さらに地形を巧みに利用している。
強靭な肉体を持つサラが相手でなければ、とっくに決着はついていた。
「中々やるじゃねーか人間! だがな? そんな借り物の聖剣じゃほとんど力を発揮できてねぇー! 勇者もどきがオレに敵うわきゃーねーだろうがぁ!」
「ぐあ」
「サラ!」
事実その通りだった。
サラは戦えないリリスを庇っている。
満足に動けていない。
「すまんサラ、ワシが油断したせいで……」
「気にしないでください……誰も気づけなかった、なら、全員の責任です」
呼吸を乱しながら彼女は言う。
「アレン様はきっとそうおっしゃいます」
「サラ……」
「――そろそろ飽きたな」
満身創痍の二人に、アンドラスが迫る。
「終わらせるぞ。その力はオレのものだ」
二人が窮地に陥っている。
相当まずい状況だ。
今すぐにでも助けに行かないと。
「まーだよそ見かよ」
「いけない人ですね」
『嫉妬』と『強欲』、二つの力が迫る。
回避しようとした俺の視界に、『色欲』の魔王が映る。
フォルセティの効果対象は一人のみ。
意識がそがれ、奴が対象から外れていたことに遅れて気がつく。
「しまっ――」
迫っている二人は幻影。
すでに二人は俺の身体に触れていた。
右手が凍結し、左手が黄金になる。
「くそっ!」
咄嗟に振りほどき、二人を吹き飛ばす。
聖剣の力を体内で循環させ強化すれば、権能の力に対抗できるはずだ。
「おおおおおお!」
凍結と黄金化を無理やり治癒させる。
なんとかなった。
が、大きく隙を作ってしまったのも事実。
二人が畳みかけ、俺に迫る。
このままじゃ二人を――
「――何をしているんだい? 最強」
その時、一筋の光が俺の元に降り注ぐ。
俺はその光をよく知っている。
かつて競い合い、対立しあい、分かり合った……旧友の光。
彼の光が俺を救ってくれた。
「お前は……」
「君らしくないよ、勇者アレン」
「レイン」