復活の憤怒
お互いに皮肉を言い合い、馬鹿らしくて笑ってしまう。
一応、俺たちは敵同士なんだけどな。
こうしてちょくちょく連絡が来て話す機会があるんだ。
「リリスもそこにいるのか?」
「うむ、いるのじゃ」
「そうか。アンドラスに勝利したみたいだな」
「うむ! ワシが勝ったのじゃ!」
えっへんと自慢げに、彼女は腰に手を当て胸を張る。
残念ながら魔導具は俺のほうを向いていて、彼女の姿は映っていないぞ。
「これでお前も大罪の一柱。『憤怒』の魔王リリスか……あまり似合わない肩書だな」
「そうでもないぞ。ぴったりだ」
「何じゃアレン! それではワシがいつも怒っているようではないか!」
「違うか? 今もだろ?」
「怒っておらんぞ!」
とか言いながら、プンプンと頬を膨らませる。
全然説得力がなくて笑ってしまいそうだ。
「ははははっ、確かにピッタリだな」
魔導具の向こう側で、俺の代わりに笑ってくれていた。
ルシファーは続けて言う。
「怒りは抑えられるように訓練したほうがいい。憤怒の権能は、ため込んだ怒りを力に変換する。常日頃から発露していては、上手く効果を発揮できないぞ」
「さすがに知ってるか。権能の内容を」
「当たり前だ。元々それは、大魔王様が使っていた力だからな」
大魔王サタンの強さを知っている。
ならば誰しも、大罪の権能の効果を知っているわけか。
かくいう俺も、以前に大罪の魔王とは戦ったことがある。
憤怒は知らなかったが、色欲と強欲は経験があるぞ。
「で、何の用だ? わざわざ称賛を送りに連絡したわけじゃないだろ?」
「ああ、もちろん用件がある。近々大罪会議が開かれる。お前たちも出席しろ」
「大罪会議? この間やったばかりじゃろ?」
「本来はもう少し先だった。が、大罪の一人が変わったからな。今回は予定を早めて開催する。今から一週間後だ。場所は同じく、俺の城でやる」
「お母様もおるのか?」
「もちろんだ。彼女もお前に会いたがっているはずだ」
キスキルの存在をあげられて、リリスのテンションが上がっている。
大罪会議の参加に拒否権はないらしい。
また五日間かけて移動か。
本当に出たり戻ったりばかりだな。
勇者時代とあまり変わっていない気がするけど……。
「またお母様に会えるのじゃ! のうアレン! お父様のこと、教えてあげないといかんのう!」
正直、今のほうがずっと充実している。
忙しさは同じでも、やりがいが全然違うんだ。
「そうだな」
「父親? 大魔王サタンことか?」
「ああ。権能を奪った時、サタンの影に会ったんだよ。お前たちもそうじゃないのか?」
「……いや、そんな経験はない。聞いたこともないな」
ルシファーは否定した。
意外だった。
てっきり、権能を手に入れるとき、必ず大魔王と対面する仕組みなのかと。
だとしたら……あれはなんだったんだ?
俺たちの前だけ特別に現れて、一言だけ伝えて。
「その話、俺も興味がある。詳しく聞きたいが……どうやら来客だ。会議の日にゆっくり聞かせてもらうとしよう」
「ああ、俺も聞きたいことが増えた」
大罪の権能と、大魔王サタンの繋がり。
俺たちが知らないだけで、もっと何かあるんじゃないか?
かつての部下であり、大罪を組織したルシファーなら、何か知っているかもしれない。
会議の日に問い詰めてやろうじゃないか。
「またのうルシファー! お母様にもよろしく伝えておいてくれ!」
「ああ。お前たちも気を付けるといい」
最後に言い残し、通信が終わる。
別れの挨拶にしては、いささか雰囲気が違ったような……。
道中に気を付けろ、という意味か?
ルシファーの表情がひっかかる。
来客だと言った時、少しだけ険しい顔をした。
「何かあったんか?」
「何がじゃ?」
「……いや、なんでもない」
仮に何かあったとしても、ルシファーなら問題ないだろう。
キスキルも一緒にいる。
心配するだけ無駄だ。
「一週間後か……よし、準備をせねばな」
「明日からな」
「うっ……ごまかせんかったか」
「騙せるわけないだろ。今日は特訓の続きだ。準備は明日すれば十分に……」
空気がひりつく。
微かに異なる気配が集まっている。
「どうしたんじゃ?」
「……何か来る。それも一つじゃない」
数は二……三体?
魔力が違う。
加えてこの圧力は……魔王だ。
「二人とも警戒しろ! 敵襲だ」
ここまで接近されれば、嫌でも気配を感じる。
俺が感じたわずかな気配は強大化し、リリスとサラにも届く。
迫る魔王は三体。
姿が見える前に、嫌な予感が過る。
その予感が――
的中する。
「なっ……あ奴らは……」
「ああ」
三体の気配を感じた時点で予想はしていた。
この展開も、頭になかったわけじゃない。
だが可能性としては低いと考えていたんだ。
「大罪の魔王同士が結託したか」
「意外そうな顔だわねぇ~ ぐひひひひ」
「ひゃーはー! てめぇらだって散々同盟とか組んでんじゃねーかよ!」
「自分たちだけ特別と思うのは、よくありませんよ」
大罪の三柱。
『色欲』の魔王アスモデウス。
『強欲』の魔王マモン。
『嫉妬』の魔王レヴィアタン。
大魔王の部下ではなかった新鋭の魔王たちが、揃って俺たちの城へやってきた。
どう見ても、仲良くしようって雰囲気じゃない。
全員から殺気が漏れ出ている。
「アンドラスが死んで焦ったか? わざわざ揃って俺たちを潰しに来るとは意外だった」
「勘違いしないでほしいだわねぇ~ あっしらの目的はお前じゃねーのよぉ」
「魔王の小娘ぇ~ てめぇが奪った権能を取り返しにきたんだよ」
「リリスの権能が目的か」
予想通り。
どちらにしろ、ここで戦う以外の選択肢はなさそうだ。
「アレン」
「二人は下がれ、自分たちの身の安全を最優先しろ」
俺はサラに聖剣アテナを分け与える。
戦うためではない。
アテナの名の通り、守るために。
相手は魔王の中でもトップクラスの猛者たち……しかも三体同時だ。
「さすがに気は回せない」
全力で相手をしなければ、負けるのは俺だ。
二人に気を回す余裕はないぞ。
「安心してください。そちらの相手は私たちではありません。ちゃんと、適任がいますわ」
「適任?」
「ええ、私たち以上に……力を取り戻したいと思っている彼が――」
脳裏に過る。
ありえないことだが、大魔王の言葉も一緒に思い出す。
まだ終わりじゃない。
戦いが終わった直後のセリフ。
言葉通りに受け取るべきじゃないと思っていた。
だが、考え過ぎたか。
リリスの地面が変形し、彼女を潰すように拘束する。
「ぐあっ!」
「リリス!」
地面の形が変わった。
この力は錬金術だ。
つまり、四人目の相手は――
「返してもらうぞ~ クソガキがぁ!」
「な、アンドラスじゃと?」
リリスが倒したはずのアンドラスが生きている。
変わらぬ姿で、五体満足で。
怒りに満ちた表情を見せながら。