特訓に終わりはない
アンドラスとリリスの戦いは、魔界でも多くの者たちの注目を集めた。
たかだか新参者の魔王が挑む。
本来ならば気にも留めない。
勝敗のわかりきった戦争だが、此度は違う。
『最強』の称号を持つ勇者アレン、彼が参戦している。
その時点で、勝敗は大きく傾いた。
特に同じ名をもつ大罪の魔王たちにとって、この一戦は衝撃的だっただろう。
「勝ったみたいだな。リリスとアレンは」
「そうみたいね」
「安心したか? どうなるか心配してたのだろう?」
ルシファーがキスキルに尋ねる。
キスキルは目を伏せ、答える。
「勝敗は最初からわかっていたわ」
「……確かに、アレンが本気を出せばアンドラスも敵わないか。だが冷や冷やしたのではないか? 娘が一人で挑むと知って」
「ふふっ、それこそ勝敗はわかりきっているわよ」
二人は特殊な魔導具で、戦況を見ていた。
勝利し、嬉しそうに笑うリリスを見ながら、キスキルは微笑む。
「あの子が……私たちの娘が負けるはずないもの」
「素直じゃないな」
◇◇◇
アンドラスとの戦いを終えて、一週間後。
俺たちは久しく忘れていた日常を取り戻していた。
「今日も特訓だぞ」
「うぅ……今日もやるのかぁ?」
「当たり前だ。敵がいつ攻めてくるかわからない。一秒でも速く強くなれ」
「厳しいのじゃ~ ワシはもっと優しいアレンがす、好きじゃぞ?」
リリスは上目遣いで俺に迫る。
どこで覚えてきたんだその感じ……。
俺はため息をつく。
「そうかそうか。だったら……特訓が終わってからたっぷり可愛がってやろう」
「その言い方は変態じゃ!」
俺とリリスは相変わらずだ。
大罪の一柱を倒しても、浮かれている時間はない。
むしろこれで、リリスに対する他の悪魔たちの認識も変わっただろう。
危険な存在だと認識されれば、自ずと襲われる可能性も増える。
本当に大変なのはこれからだ。
「にしては平和じゃ。あれから特に襲われることもないぞ?」
「今だけだよ。どうせすぐ慌ただしくなる」
「本当かぁ?」
リリスは疑うような視線を俺に向ける。
なんだか俺に対する態度も軟化したというか……距離が近くなったというか。
馴れ馴れしくなった気がするのは気のせいだろうか?
「今が平和なのは、情報が不完全に広まっているからだろうな」
「というと?」
「リリスがアンドラスを倒したことに加えて、俺の存在も広まった。今まで魔界でも一部しか知らなかったことが魔界全域に拡散された」
アンドラスを倒した魔王リリスと、最強の勇者である俺が一緒にいる。
そんな鬼門にわざわざ攻め入る馬鹿はいない。
故に、誰も手を出せずにいる。
「なら安全ではないのか?」
「ただの魔王ならな。大罪には関係ない。あいつらは俺のことも知っていた。それを踏まえて対策できるだけの手段を持ってる連中だ」
大罪は残り六人いる。
魔王ルシファーはともかく、大魔王の元部下だったベルゼビュートとベルフェゴール。
この二体の悪魔の真意はわからないままだ。
俺たちと真っ向方敵対する気なら、アンドラス以上に手ごわいだろう。
他の大罪の魔王たちも、これをきっかけに警戒を強め、俺たちを倒すための対策を講じるはずだ。
攻略する側が、攻略される側に回る。
その意味合いの恐ろしさを、俺は嫌というほど知っている。
「注目されるほど敵が増え、対策もされる。どんどん厄介になるんだ。勇者時代、戦う魔王がどんどん手ごわくなった。俺の戦い方を研究して、罠や対策を用意してくる魔王もいたんだぞ」
「ワシも対策されるのか……なんじゃ、悪い気分じゃないのう」
ニコニコ顔のリリスに呆れる。
周囲に認められることが嬉しいのだろう。
「浮かれてる場合じゃないって」
「わ、わかっておるぞ! ワシももっと強くならんといかんのう!」
「そうだ。だから特訓を続けるぞ」
「うぅ……丸めこまれてしまったんじゃ」
自ら納得させる墓穴を掘ったリリス。
強くはなっても、まだまだ口では子供だな。
そういうところも彼女らしいと思ってしまう自分が、ちょっぴり悔しい。
「さて、続きを……ん?」
「サラじゃ」
戦闘訓練を再開しようとした。
そこへサラがやってくる。
「特訓中に失礼します。アレン様とお話がしたいという方から」
「俺に?」
彼女が持っているのは通信用の魔導具だ。
手鏡の形状をしていて、遠く離れた場所から互いの顔を見て話すことができる。
以前、ある魔王から貰った。
対になるもう一つは、その魔王が持っている。
この魔導具を持ってきた時点で、話の相手は決まっていた。
「何の用だ? ルシファー」
「いきなり挨拶だな。せっかく俺のほうから連絡してやったというのに」
「別に頼んでない」
「ふっ、生意気な態度だ。そんな態度を俺に取れるのは、世界でもお前くらいだろう。勇者アレン」






