歴史が動いた日
漆黒の結界が砕けた。
静まり返っていた戦場に、奇妙な亀裂音が響く。
俺は瞬時に視線を向けた。
信じている。
その言葉に偽りはないが、心配しない理由にはならない。
だからホッとした。
毅然として立っている彼女を見て。
「リリス!」
「……アレン!」
思いっきり駆け出し、抱き着いてきたリリスを受け止める。
抱き着く直前に変身は解け、子供の姿へと戻った。
「勝ったのじゃ! ワシが勝ったぞ!」
「ああ、よくやった」
うれし涙を流すリリス。
俺は彼女の頭を優しく撫でてやった。
期待通りの活躍だ。
彼女は単独でアンドラスに挑み、見事勝利を収めた。
アンドラスだったものはすでに肉体が消滅したのか、どこにも見当たらない。
これで『憤怒』の権能はリリスに――
「「――!?」」
俺とリリスの意識が、何かに吸い寄せられた。
油断していたわけじゃない。
攻撃ではなかった。
俺たちはいつの間にか、見知らぬ空間に立っている。
何もない真っ白な世界で、俺たちしかいない。
いや……。
「な、なんじゃここ?」
「あれは……」
俺の視線の先にもう一人、見知らぬ男性が立っている。
いいや、人ではない。
あれは悪魔だ。
それも、誰かによく似た……。
「……お父……様?」
リリスが隣でぼそりと呟いた。
直感的に思った。
彼女に似ていると。
どうやらその感覚は正しかったらしい。
俺たちの目の前にいるのは、かつで大魔王と呼ばれた偉大な悪魔……。
「……サタン」
イメージとは全然違っている。
もっと怖くて恐ろしい存在だとばかり思っていた。
見た目は人間とそん色ない。
生まれた子供のリリスがそうであるように、母親も人間に近い見た目だったように、父もそうだったらしい。
思えば大罪の魔王たちもそうだった。
悪魔も強い個体ほど、人間の姿形に近づくのか?
よくわからない理屈だ。
「アレン! お父様じゃ、お父様がおるぞ!」
「ああ」
はしゃぐリリスの隣で、俺は状況を冷静に分析する。
精神世界……。
ここはおそらく、『憤怒』の権能が生み出した世界か?
アンドラスを倒したことで、権能はリリスに移動した。
権能は元々、大魔王サタンがすべてを所有していたという。
ならば権能にサタンの何かが残されていても不思議じゃない……のか?
俺が巻き込まれたのは、移動の瞬間にリリスと触れ合っていたから?
無理やり理屈を作り、一先ず納得する。
「お父様ー!」
リリスが手を振る。
大魔王サタンは動かない。
穏やかな表情で、ただまっすぐこちらを見ている。
リリスが彼の元へ向かおうとした。
が、叶わない。
俺たちは、今いる場所から一歩も動くことができなかった。
「う、動けんのじゃ! お父様! リリスじゃ!」
「……リリス、あれはおそらく大魔王サタンの影だ」
「影?」
「権能に残された意識の欠片……みたいなものだろう。だから、いくら呼びかけても返事は……?」
ない、と言いかけたところで気づく。
サタンの口が動いている。
何かを話している。
「なんだ?」
遠くて声は聞こえない。
だが間違いなく、何かを伝えようとしていた。
「なんじゃ? 聞こえんぞ!」
耳を澄ましてもまったく聞こえない。
音が届いていないんだ。
だったら耳で聞くな。
唇の動きから、何を伝えたいのかを予想しろ。
ま、だ、お、わ、り、じゃ……ない?
「終わりじゃない? そう言ってるのか?」
「どういう意味じゃ?」
「わからない。ただ……」
大魔王サタンは何かを知っていた。
それが何なのか、今の俺たちには見当もつかない。
わからないまま空間が崩壊する。
いつの間にか俺たちの意識は、元いた場所に戻っていた。
「ア、アレン、今のは……」
「ああ、夢じゃない。俺たちは確かに見たぞ」
大魔王サタンの姿を。
彼が伝えたかった言葉を、俺たちはハッキリと覚えている。
「まだ終わりじゃない……お父様は何を知っておるんじゃ」
「さぁな。この戦いのことを言いたいのか。それとも別の……」
「まさか、本当に倒してしまったというのですか?」
「信じられねぇ……」
俺の横で膝をついていたアルマとディケル。
二人が無事に生還したリリスを見て戦慄していた。
すでに魔王城に、かの王の姿はない。
大罪の権能『憤怒』は今、リリスの中にある。
「たから言っただろう? 勝つのはリリスだ」
「「……」」
「俺の言った通りの結果になったが……どうする? まだ続けるなら相手になるぞ」
俺はリリスを抱きかかえながら、右手に原初の聖剣を握る。
「もちろん、ここからは足止めじゃない。命のやり取りだ」
「「――っ!」」
俺の殺気を感じ取ったのか、両名共に険しい表情を浮かべる。
このまま戦いになる可能性も考慮している。
その時は……。
「待つのじゃアレン」
「リリス?」
「ワシらは無益な殺生を望んでおらん。のう?」
「……そうだな」
あくまで俺の言葉は脅しだ。
戦いを辞めないなら仕方がなく相手をする。
ただし、戦う気がないのなら別だ。
「外で戦っている連中を止めてくれ。そうすれば、俺たちは何もしない」
「正気か? 頭を潰したなら、普通他の連中も皆殺しにするだろうがよ」
「我々を見逃すというのですか?」
「もちろん、このまま見逃すつもりはない。お前たちにこれから、俺たちの配下に入ってもらうぞ」
大罪会議で魔王たちと対面した。
一人の魔王が、国や領地を有し、強大な権力を振りかざす。
まるで人間界の王政にように。
あの時悟った。
彼らと対等に争い、優位に立ち回るためには仲間がいる。
俺たちだけじゃ足りない。
強く、頼もしい同胞の存在が不可欠だと。
「悪魔の社会は強さが全て。敗者は勝者に従うもの……そうじゃないのか?」
「……はぁ」
「その通りだよ。オレらは負けた……なら、これからはあんたらが頭だ」
「全軍に撤退の命令を下しましょう。戦いは……終わりです」
こうして、大罪の魔王と新参者の戦いは幕を下ろした。
この日、間違いなく歴史が動いただろう。
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