栄光を再び
時間の経過はあっという間である。
が、退屈な時間ほど長く感じてしまうものだ。
「……ようやくか」
アンドラスは感じる。
自身を縛る忌々しい聖剣の封印が弱まることを。
五日間が経過しようとしていた。
未だ不完全ではあるが、もう少しで封印は解除され、魔王城から出ることができる。
すでに魔王リリスと勇者アレンの本拠地、大魔王の城に攻めこむ準備はできている。
総勢二万を超える悪魔の軍勢を従え、彼は進軍するつもりでいた。
そこに知らせが入る。
「魔王様! 敵軍がこちらに進行しております」
「攻め込まれる前に攻めてきましたか。殊勝なことですが、浅はかですね……いえ、健気と言える」
アンドラスは落ち着いた表情で部下に命じる。
「全軍を持って迎え撃ちなさい。勇者がいるとはいえ所詮は少数、数の力で圧倒し、乱戦に持ち込み魔王リリスの身柄を拘束するのです。あのメイドもいい材料になる。それさえ終われば、勇者アレンも手出しはできないでしょう」
「い、いえそれが……」
「どうしたのですか?」
「……敵軍の総数……約八千です」
◇◇◇
魔王アンドラスの城へ軍勢が侵攻する。
総勢約八千の大軍勢を従えるのは、魔王リリスでも勇者アレンでもない。
かつて魔王の名を冠しながら、一人の若造にその座を奪われ、長らく辛酸をなめてきた古き悪魔が帰ってきた。
再び、魔王の名を携えて。
「くっ、この儂を顎で使うとは……礼儀というものがなっとらん。これだから若造は……」
「ではお戻りになられますか? 魔王様」
「ふっ、誰に言っておる? 儂は魔王アガレス、その名に二度の後退はない! 儂が進むと決めたのならば止まるな! 此度の戦が終わるまで、決して振り返ることは許さんぞぉ!」
「もちろんですとも! 我らが王よ!」
雄たけびが上がる。
若き王に乗っ取られ、不本意に従っていた悪魔たちの元に、懐かしき主君が帰還した。
これこそが真なる姿。
魔王アガレスと、その部下たちは奮い立つ。
ようやく取り戻せたのだ。
魔王の名を。
だが、足りない。
未だ拭い去れない……その座を奪われていたという不名誉を拭い去る必要がある。
「ふっ、まさか儂が……勇者に感謝する日が来ようとはな」
大罪の一柱、『憤怒』の魔王アンドラス。
その名を知らぬものなど、現代の魔界には存在しない。
強大な力を有する魔王の一人。
彼に正面から戦いを挑むことは無謀であると同時に、勇敢さを象徴する。
魔王アガレスは歓喜していた。
自身に塗られた不名誉なレッテルを、この機会に剥がせることに。
「此度の戦いで、我が名を世界に轟かかせて見せよう」
◇◇◇
「アガレス? 魔剣の魔王に城を奪われていた哀れな魔王ではないですか。どうして今さらそんな悪魔が……なるほど、そういうことですか」
アンドラスは瞬時に状況を理解する。
終焉の魔剣は一時的に、若い悪魔の手に渡っていた。
魔剣の魔王リーベ。
彼は最近になって失脚したという情報が入ってきている。
「奪われた……いえ、取り返したのですね。リリスとアレンが」
ならば説明がつく。
二人が魔剣を取り返すためにリーベを倒し、アガレスの王政が復刻した。
すでにアガレスは魔王リリスの支配下にある。
「滑稽な話ですね。どう転んでも、未熟な悪魔の元を去れないとは……」
アンドラスはアガレスを憐れんだ。
支配者がすり替わっただけで、状況的にはさほど変わっていない。
現在の状況も同じく。
「構いません。全軍で迎え撃ちなさい。八千に増えたところで所詮は雑兵の集まりです。我らの敵ではありません。注意すべきは魔王リリスと勇者アレンの二名。その二人の動向だけ把握しなさい」
「それが……進軍中の一団に両名の姿が確認できておりません」
「いない? アガレスの軍勢だけで攻めてきたと?」
アンドラスは思考する。
アガレスの軍では数も兵力も劣っている。
正面から衝突させたところで結果は見えている。
その程度のことは理解しているはずだ。
「彼らはどこに……」
その直後、轟音が鳴り響く。
「――! 何事ですか?」
「敵襲! 敵襲!」
魔王城の中心から声が響く。
窓の外を見れば煙が立ち上り、城の一部に大穴が開いていた。
ちょうどアンドラスの部屋から見える位置に。
「まさか……」
彼は目を凝らす。
土煙が舞う中から、三つの影が見え始める。
「覚悟はいいか? 二人とも」
「私の心は常にアレン様と共にあります」
「もちろんじゃ! 準備万端、今のワシに死角はないぞ!」
「勇者アレン……!」
アレンは視線をあげる。
両者にらみ合い、アレンは笑みを浮かべた。
◇◇◇
作戦はこうだ。
まず、正面からアガレスとその部下の軍勢が突っ込む。
大抵の兵力はそちらに集中する。
その隙に、俺たち三人は魔王城に乗り込む。
「内と外から挟み撃ちにするんじゃな」
「形的にはそうだが狙いは違う。俺たちの目的は、魔王アンドラスの討伐だ。奴らの軍勢を全て相手にする必要はない。だから、俺たちでアンドラス以外の敵軍を釘付けにする。その間にリリス、お前が単独でアンドラスと戦うんだ」
リリスとアンドラス、一対一の場面を無理やり作り出す。
そのために大群を外へおびき寄せ、残った悪魔たちを俺とサラが足止めする。
リリスが全力で戦える時間は限られている。
どちらにしろ、長期戦にはならない。
「儂らは決着がつくまで戦い続ければよいのか?」
「ああ」
この作戦は、俺たちだけじゃ成立しなかった。
最低でも大群を相手にできるだけの数が必要になる。
そこでサラには援軍を頼みに行ってもらっていた。
相手は彼ら。
魔剣の魔王リーベに従っていたアガレスと、その部下たちだ。
「作戦開始から五分経過したら撤退を始めてくれ」
「勝利してもか?」
「ああ、無駄な血を流す必要はない。お前たちに任せたいのは時間稼ぎだ。無理に突っ込みすぎず、離れすぎずに敵を集中させてくれ」
「難しい注文だな」
「できないのか?」
「ふんっ、誰に言っている? 当然やれるに決まっているだろう」
アガレスたちの協力を得られたことで、作戦内容が固まった。
わずか五分の電撃作戦だ。
各々がしっかり役割を果たさなければ、作戦そのものが破綻する。
何より、敗北すればそれまでだ。
「成功の可否はリリス、お前の勝敗にかかっている」
「う、うむ、そうじゃの」
リリスは戦う前から緊張していた。
プレッシャーを与えすぎるのは可哀想だが、今回ばかりは仕方がない。
実際、彼女に全てがかかっている。
俺はリリスの頭をポンと叩く。
「大丈夫だ。今のお前なら勝てる」
「アレン……」
「最強が保証してやるんだ。自信をもって戦えばいい」
「……うむ! 頑張るのじゃ」
そして現在。
俺たちは作戦を開始し、無事に魔王城の中心部へと侵入した。
周囲に悪魔たちが集まってくる。
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