魔剣を使いこなせ!
一時間後――
五分間の戦闘訓練は続いていた。
これで五戦目だ。
「ぐあっ……」
「倒れるな! 最低でも五分間、俺と向かい合えるようになれ」
「う、うむ……」
ボロボロになりながら、リリスは魔剣を地面に突き刺し倒れるのを防ぐ。
五分間で一セット、戦闘継続を目標に訓練しているが、今のところ三分が限界だった。
俺の猛攻に押されて、防戦一方になり体力が削られる。
加えて連戦に続く連戦で、身体的にも追い込まれている状況だ。
今までの訓練も厳しくしていたが、今回ほどハードに追い込んではいない。
少々やり過ぎを自覚しながらも、手を緩めることはできなかった。
「続けるぞ。気を抜けば死ぬからな」
リリスに向けて殺気を放つ。
こうしている間にも時間は過ぎていく。
魔王城への移動にかかる時間や、体力を回復させる時間を考慮すれば、特訓に使えるのは四日間が限度だろう。
ハッキリ言ってギリギリだ。
今のリリスがアンドラスに勝てる確率は……一割もない。
この四日間でどこまで追いつけるか。
十セット目が終わる。
力が抜けて倒れ込むリリスを、俺は咄嗟に受け止めた。
五分ぴったりでペンダントの効果も切れる。
どうやら彼女のコンディションによっても、大人でいられる時間は前後するらしい。
「はぁ……はぁ……」
「休憩だ。十分後にまた始めるぞ」
「うむ」
起き上がろうとするリリスだったが、疲れで上手く力が入らないようだ。
俺はそのまま彼女を抱きかかえながら支える。
「無理するな。このまま休めばいい」
「え、でも……重くないか?」
「舐めるな。お前ひとりくらい軽いもんだ」
「そうか。じゃ……このまま休ませてもらうのじゃ」
リリスは俺の腕の中で目を瞑る。
安心しきった表情で、全身の力をだらーんと抜いた。
わずかに重みが増す。
それでも軽い。
子供の重さなんてこの程度……そう、彼女はまだ子供なんだ。
人間と比較すれば長い年月を生きている。
ペンダントの効果で、一時的に成長した姿に変身することもできる。
大魔王の血族で、秘めたる潜在能力を有している。
だけど彼女は子供だ。
人間であれ悪魔であれ、子供は本来守られるべき存在だ。
両親に、兄弟に、大人に守られるべきだ。
子供は弱く小さい。
その背中に、重くて大きい使命を背負わせること自体が間違っている。
たとえそれを、本人が強く望んだとしても。
リリスは父親が成し得なかった夢を、自分の手で叶えるために生きてきた。
今だって、俺の特訓に文句ひとつ言わない。
一番苦しい時に、涙も流さず我慢して耐え抜いてきた。
「……アレン?」
「よく頑張ってるな、リリス」
俺の手は無意識に、彼女の頭を撫でてあげていた。
驚いたリリスは目を開けて俺を見る。
「お父様?」
「え?」
「なんだか、今のアレン……お父様に見えたんじゃ」
「俺が大魔王に?」
キスキルにも似たようなことを言われたっけ?
俺の眼が、若いころの大魔王にそっくりだと。
妻だけじゃなくて娘にも似ているって思われたら、いよいよ認めるしかないな。
「変じゃな。顔も年も全然違うのに……安心するのじゃ」
「ならよかった」
勇者が大魔王に似ている。
何も知らない人間が聞けば、さぞ不名誉だと嘆くだろう。
だが、俺はそうは思わない。
むしろ、それでよかったと思えるくらいだ。
ほんの少しでもいい。
リリスが感じている孤独や不安を、拭い去ることができるのなら……。
「……リリス。アンドラスとの戦闘、必ず五分以内で決着をつけろ」
「それを超えたらどうするんじゃ?」
「全力で離脱しろ。俺たちとの合流が難しければ、一人でこの城まで退却するんだ。戦況が優勢であれ劣勢であれ、迷わず引け」
「……逃げてよいのか?」
リリスは不安そうな表情で俺を見上げる。
敵前逃亡は情けない行為だ。
人間界でも、勇者が魔王に背を向けて逃げるなんてありえない。
恥だと罵られるだろう。
だけど俺は、逃げることが悪いとは思っていない。
特に今回のような、守るための戦いではなく、攻める戦いならば。
「いいかリリス? この特訓も、ハッキリ言って付け焼刃だ。魔王としての地力じゃ、お前はアンドラスには敵わない」
「……そうじゃのう。ワシは未熟じゃ」
「ああ、だが未熟でも勝てる可能性がある。お前が持つ魔剣には、地力の不利を覆すだけの力があるんだよ」
終焉の魔剣。
大魔王が使っていた一振りは、この世の魔剣で最強の力を秘めている。
使用者が未熟であれ、その力は絶大だ。
木っ端悪魔でしかなかったリーベを、魔王と呼べるまで押し上げたように。
「アンドラスでも、魔剣の一撃を受ければ致命傷になる。中途半端に未熟な魔法に頼るより、魔剣の力を信じて戦え」
「うむ」
彼女は自分の胸に手を当てる。
その魂に宿った力を感じる様に。
「さぁ、そろそろ休憩も終わりだ。動けるか?」
「もちろんじゃ! アレンに優しくしてもらったから元気がでたぞ」
「それはよかった。今度から休憩中は甘くするよ。また頭を撫でてやる」
「本当か? 絶対じゃぞ!」
嬉しそうにはしゃぐリリスを見て、子供らしさを感じる。
この無邪気な笑顔を守りたい。
そのためにも、今は心を鬼にしろ。
「始めるぞ、リリス」
「うむ!」
俺たちは向かい合う。
聖剣と魔剣、相反する切っ先を向けながら。
「五分間の感覚は身体で覚えろ。経過したと思ったらその時点で戦闘は終了だ。仮にあと一撃で決着だとしても」
「一撃でも、か」
「ああ、相手は魔王だからな。こっちの予想を超えてくると思え。変身が解ければ確実に殺される。勝てなかったら生き残ることを優先しろ」
「わかったのじゃ」
厳しいことばかり言っている。
そう自覚しながらも、最後に無茶なオーダーを出す。
「この特訓中に、一度でいい。その魔剣を俺に届かせてみせろ。俺はまだ傷一つ付いちゃいない」
「アレンが強すぎるからじゃ」
「ああ、俺は強い。だから断言してやれる」
「ん?」
俺は自分の胸に親指を突き立てる。
「最強の俺に攻撃が届くなら、お前の刃は魔王にも届く! 俺より強い奴なんて、この世界には存在しないからな」
「――! そうじゃな……アレンは最強の勇者じゃもん」
「そうだ。だから安心しろ。これからお前が戦うアンドラスという魔王も、俺よりは弱い」
「じゃの」
彼女は最強を知っている。
その身で体感し続けている。
ならばこれから戦うどんな相手も、今感じている恐怖には届かないだろう。
これを幸運と言ってもいいものか疑問だが……。
最強の強さを乗り越えることができれば、お前は何も怖くなくなる。
こうして激動の四日間が過ぎていく。