首を洗って待ってろ
振り返った先に魔王がいた。
涼しい顔は変わらず、堂々と俺の前に現れた。
「この部屋には特殊な鉱物を使用しているんです。そこから漂うわずかな香りは、女性を惑わせる効果があります」
「鉱物だと? そんなの聞いたことないな」
「当然でしょうね、私が作り出した新しい物質です」
「物質の生成……お前、錬金術師か」
物質同士を合成させ、世界に存在しない新しい物質をも生み出す魔法の一種。
アンドラスは錬金術の使い手、この部屋も奴が作りだした物質で出来ている。
基本は自然物を元にしている。
自然物だから、俺やリリスたちも感じられなかったのか。
「最初から、俺たちを一網打尽にするつもりだったのか」
「まさか、それならまっすぐ堂々と攻め込んでいましたよ。あなたはともかく、他の二人は数で圧倒すれば簡単に落とせます。こんな回りくどい方法を取ることにしたのは、あなたが私を信じなかったからです」
「信じていたら、どうしてたんだ?」
「もちろん協力していましたよ」
アンドラスはニコやかにそう口にした。
加護に反応はない。
が、今ならハッキリと言える。
「嘘だな」
「なぜ? 加護は反応していないでしょう?」
「ああ……だから直感だよ。お前は嘘ばかりついている。加護すら騙すほど巧妙な嘘をつける……いや、それが『憤怒』の権能か?」
アンドラスはニヤリと笑う。
「残念ですが違います。これも私の力……錬金術の副産物です」
「副産物……」
「ええ。しかし困った人ですね。加護さえかいくぐれば簡単だと思っていましたが、こうも疑り深い人物だったとは、想定外です」
「悪かったな。俺も、散々裏切られた後なんだ」
勇者時代の裏切りの経験が、俺を疑り深くしたのならあまりいい気分じゃないな。
でも、今は感謝しておこう。
おかげで最悪の事態にはならなかった。
「洗脳じゃなくて惑わせてるだけなら、この部屋を出れば解決するな」
「ええ、もちろんですよ。ですが、できると思っているのですか? お二人がそんな状況で」
リリスとセラが俺の身体に絡みついている。
時間の経過によって、二人ともうっとりと顔を赤らめ理性を保てていない。
毒や劇薬なら耐性があっただろうが、未知の物質となれば話は変わっている。
初めての効果ゆえに、効き目も強く速い。
「大人しく殺されてください。心配しなくとも、そのお二人は丁重に私が管理いたします。どちらも貴重な力ですので」
「悪いがそれはできない。お前は、俺を侮り過ぎだぞ」
もう勝ったつもりらしいが、考えが甘い。
俺は勇者として、この程度の修羅場は何度も潜ってきている。
これまでの絶望に比べたら、これくらいなんてことはない。
頭もひどく冷静だ。
落ち着いて、対処する。
まずは――
「アテナ、サラに融合しろ」
聖剣アテナを取り出し、サラに与える。
肉体と融合することで、一時的にあらゆる耐性を手に入れる。
未知の物質の特性であっても、聖剣は万能に作用する。
「……は、私は何を……」
「説明は後だ。リリスを俺から剥がして抑えておいてくれ」
「かしこまりました」
「アレン……」
「離れてください、リリス様」
子供の状態じゃ、リリスでは力に抗えない。
これで動けるようになった。
「さすがですね。では私も本気で――」
「遅いよ」
「なっ――」
アンドラスの身体が純白の鎖で拘束される。
魔王城の床や天井から根を生やすように、複数の鎖が生成されている。
「これは……」
「封縛の聖剣グレイプニル。あらゆる対象を封印する」
「封印の力? いつの間に」
「悠長にしゃべっている時間が仇となったな。お前を攻撃するタイミングならいくらでもあったんだ。詰めが甘いんだよ」
アンドラスの表情が初めて変わる。
穏やかだった笑みが消え、俺を静かに睨む。
「同盟の話はなしだ。俺たちは逆を望む」
「……戦う気ですか? 私たちと」
「そっちもそのつもりだろ?」
もはや止められない。
開戦の狼煙はすでに上がっている。
「サラ、俺につかまれ」
「はい」
サラが俺の身体に掴まり、リリスを脇に抱える。
「逃げる気ですか?」
「このまま倒してもいいが、それじゃ意味がない。お前を倒すのは、リリスだ」
「……その子供に私が倒されると? 甘く見られたものですね」
アンドラスが苛立ちを見せる。
ようやく少しだけ、二つ名らしい表情が見られた。
対して俺は笑みを浮かべる。
「その封印は五日で解ける。五日後、お前はリリスに負ける」
俺が必ずそうさせる。
次に会う時、どちらかが世界から消えるだろう。
俺は原初の聖剣を取り出し、結界に穴を空ける。
「五日後、戦争だ」
そう言い残し、俺たちは去る。
逃げ道はない。
実は間違いだったなどと、撤回もできない。
俺たちは完全に敵対した。
『憤怒』の魔王アンドラス。
五日後、リリスがその称号を奪うだろう。
これにて『憤怒の魔王』編は完結です!
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