常に笑顔って胡散臭いね
アンドラスの願いを耳にする。
リリスは驚き目を丸くする。
「……なんじゃと?」
「おや? わかりませんでしたか? 直接的な言葉を選んだつもりなのですが……」
「本気で言っているのか?」
驚いているリリスの代わりに、俺が真意を問いただす。
アンドラスは涼しい顔で答える。
「ええ、もちろんです」
「……」
加護は無反応。
つまり、本気でそう思っているということ……。
だがなんだ?
この妙に胸をくすぶる感覚は……。
「勇者アレン、あなたは他者の嘘を見抜く加護をお持ちのはずです。ならば、私が本気でそう思っていることがお分かりでしょう?」
「どうなんじゃ? アレン」
「……確かに、加護は反応していない。本気で、俺たちに協力したいらしいな」
「わかっていただけて嬉しいですよ」
確かに嘘はない。
でもなぜか、俺の本能が告げている。
信用してもいいのか、と。
「どういうつもりだ? 何を考えている?」
「何もよこしまな考えなどはありませんよ。ただ私は、あなた方の示した理想に共感したのです。全種族の共存……夢のような理想です。ですが達成できれば、世界は大きく変わるでしょう。私はそれを見てみたいのです」
「おお、わかってくれるのか」
「はい、実に素晴らしい理想ですよ」
「アレン、こやつ話がわかるぞ!」
リリスは嬉しそうに俺を見てくる。
父親の考えが伝わり、理解者を見つけたことが嬉しいのだろう。
俺も一緒に喜んであげたい。
が、俺の心はまだ奴を訝しんでいた。
「アレン?」
「魔王アンドラス、お前はどう俺たちに協力するつもりだ?」
「必要なものは支援いたしましょう。あなた方の敵を共に倒し、理想のための一歩を踏み出す協力をいたします」
「それは、同盟を結ぶってことであっているか?」
「はい。形は同盟で問題ありません」
俺たちは視線を合わせ続ける。
依然として俺の加護は無反応。
アンドラスは涼しい顔をしている。
彼の発言、すべてに嘘はないと加護は告げていた。
自分の加護をこれほど疑ったのは、人生で初めてかもしれない。
「……リリス、少し考えよう」
「どうしてじゃ? ぬしも言っておったではないか。あやつの言葉に嘘はないのじゃろう?」
「ああ、だが……悪い。時間がほしいんだ」
この漠然した不安を言葉にするには、どうしても時間がいる。
「わかった。ぬしがそういうなら、アンドラス! 結論は保留じゃ」
「構いません。よい返答を頂けるのであれば、私はいつまでも待ちましょう」
「すまんのう。ではワシらはこれで」
「せっかくはるばる来ていただいたのです。本日はぜひ我が城で泊っていってください。同盟に前向きになってくれるよう、精一杯のもてなしをさせていただきますよ」
「……」
「いけませんか? 魔王ルシファーの城より、ここは居心地がいいですよ?」
こいつ……俺たちがどこにいたのか知っているのか。
ますます疑念が頭に浮かぶ。
「わかった」
警戒は常にしておこう。
もし、この一夜で何もなければ信用していいかもしれない。
逆に何か起これば……その時こそ、開戦の合図だ。
◇◇◇
食事、入浴、そして就寝。
全てが順調で、危害を加えられる様子はなかった。
俺たちは同じ部屋に集まる。
一人一部屋与えられてはいるものの、安全を確保するため今夜は一つの部屋で眠ることにした。
「今のところ何も来ませんね」
「ああ」
「親切にしてくれておるのう。信用してもよいのではいのか?」
「……どうだろうな」
食事に毒が盛られていることもなかった。
毒味を先にして、安全なことを確認してから二人も食事に手を付けている。
入浴中が一番無防備になるが、そこも問題なかった。
さすがに一緒には入れないが、異変があればすぐに駆け付けられる準備をして、何事もなく再集合している。
寝室にと用意された部屋も、今のところ罠のような仕掛けはない。
「順調……ああ、順調だな」
自分でも納得しかけそうになる。
魔王アンドラスは友好的だと、すでにリリスは感じているような気がする。
サラはどうだろうか。
「どう思う?」
「魔王アンドラスですか?」
「ああ、信用していいと思うか?」
「私の意見でよろしいのであれば……そうですね。私は、アレン様の直感を信じます」
サラはそう言ってくれた。
俺の直感を信じる。
加護ではなく、俺が抱いている疑念を信じてくれると。
その言葉に少し心が軽くなる。
「何をそこまで訝しんでおるのじゃ? ワシにはいい奴に見えたんじゃが」
「ああ、俺にも見えたよ」
「じゃあどうしてじゃ?」
「……なんとなく、としか言えないんだよ。雰囲気もいい奴で、加護も嘘は言っていない。けど俺の心が、本能が警告しているんだ。こいつを信じるなって」
ゆっくり考えても上手く言語化できそうにない。
この漠然とした不安はなんだ?
お前たちが最初に狙うべき大罪は……憤怒だ。
ルシファーの助言がひっかかる。
あれは協力者になり得ると言いたかったのか?
違う。
あの言い方はどちらかと言えば……。
「のう、それにしてもこの部屋、暑くないか?」
「そうですね。少し体が熱くなってきました」
「ん? 俺は別になんとも……」
二人の肌から大量の汗が流れている。
真夏の炎天下に晒された時のように垂れ流す。
でも俺は平然としていた。
勇者だから暑さにも強い、というだけでは説明できない。
耐えられるだけで熱さは肌で感じる。
この部屋は別段、気温が高いと言うわけじゃない。
にも拘らず二人の汗の量は……。
「なんじゃ、ぼーっとしてきたのじゃ」
「アレン様、身体が少々疼いて……」
「リリス、サラ」
異常だ。
普通の現象じゃない。
ふらつく二人に手をかけ、倒れないように抱き寄せる。
するとほのかに、甘い香りが漂う。
「アレン……ワシ、なんだか変な気分じゃ」
「アレン様」
二人が急に迫ってくる。
身体を擦り付ける様に、うっとりした表情で。
頬も赤い。
熱のせいだけじゃない。
「これは……催眠か」
匂いによる催眠効果。
シクスズが使っていた聖剣ラバーズと類似した力か。
一体いつの間に使った?
俺に無反応なのは、女性にしか通じないからか?
どちらにしろ攻撃を受けている。
二人を連れてすぐさま脱出を――
「いけませんよ」
直後、声が響くと同時に部屋が結界で閉ざされた。
窓から逃げようとした俺たちを、紫色の壁が阻む。
「やれやれ……やはりあなたは気づきましたか。侮れませんね、勇者アレン」
「アンドラス……」