まさかの同盟ですか?
玉座の間に複数の影。
本来、この城にはいるはずのない悪魔たちの姿がある。
数は二体、どちらも上位悪魔の個体だ。
見たところ、室内を荒らしている様子はなく、退屈そうに何かを待っていた。
「なぁおい、いつになったら来るんだよ」
「文句を言うな。これも任務だ」
「チッ、面倒な仕事押し付けやがってよぉ~ 用があるってんなら自分で行きゃーいいじゃねーか」
「馬鹿なことを口にするな。魔王様の耳に入れば消されるぞ」
「はっ、聞こえるわきゃーねーだろ? こんな辺境の何もない空っぽの魔王城まで」
「空っぽで悪かったのう」
二体とも油断しきっていた。
俺たちの存在に気付かず、接近を許した時点で勝負は決まった。
大人バージョンになったリリスが魔剣を突き付け、俺が聖剣を突き付ける。
背後から、逃げられないように。
「なっ……」
「き、貴様らは!」
「勝手にワシの魔王城に踏み入りよって。ぬしら、ただで帰れると思うではいぞ」
「さっき魔王と言っていたな? 一体誰の差し金だ?」
俺たちは問いただす。
遅れてサラが玉座の間に入ってくる。
「どうだった?」
「中は特に荒らされておりませんでした。他の侵入者もおりません」
「ありがとう。で、質問の答えは?」
気性が荒い悪魔を抑止していたこいつなら、この状況でも冷静に対処できるだろう。
そう踏んで俺は質問した。
もう一体はリリスに命を握られ、悔しそうに歯ぎしりしている。
「あなた方が……魔王リリスと勇者アレンですね?」
「そうじゃ」
「わかった上で城に侵入したんじゃないのか?」
「もちろんです。我々は、あなた方を招待するために参りました」
「招待だと?」
最近よく聞くセリフが聞こえた。
今のところ、二体の悪魔から敵意は感じられない。
この様子は、争うために来たわけじゃなさそうだ。
戦うために来たのなら数が少なすぎる。
「一体誰からの招待だ?」
「我らが魔王アンドラス様です」
「アンドラスだと?」
その名は聞くに新しい。
大罪の一柱、『憤怒』の魔王アンドラス。
大罪会議にも出席していた七体の魔王の一人。
そして……。
ルシファーが助言した……俺たちが最初に狙うべき魔王。
「大罪の魔王が、俺たちを城へ招いてどうする?」
「お話がしたいと、王はおっしゃっておりました。我々に敵対する意志はありません」
「……」
「アレン……」
リリスが俺に視線を送る。
わかっている。
ペンダントの効果時間が迫っている。
この状況も長くは続かない。
心理的優位を保っている間に、俺たちが結論を出す必要がある。
現時点で手に入っている情報を集めろ。
ここで出すべき結論は……一つだ。
「わかった。話を聞こう」
俺は聖剣を下ろす。
リリスにも視線を送り、彼女は魔剣を下ろした。
ペンダントの効果も終了する。
拘束されていた悪魔が驚く。
「子供になった?」
「これが本来のワシじゃ」
「よくわかんねーが、アルマ」
「ええ、招待を受けて頂ける、ということでよろしいでしょうか?」
アルマと呼ばれた悪魔は、再度俺に尋ねてくる。
俺はリリスとサラに一度ずつ視線を送り、アルマに答える。
「受けてはやる。ただし、こっちの安全が保障されるのであれば、だ」
「もちろんです。我々は一切、あなた方に危害を加えることはございません。我が王は、あなた方との友好を望んでおられます」
「友好じゃと? 手を組みたいと言うのか?」
「その辺りはうちの魔王様と直接話してくれや。詳しいことはオレらも知らねーんだよ」
気性の荒いもう一人の悪魔はふてくされたように言う。
魔王の指示に納得してない雰囲気が伝わる。
「ディケル、余計な言葉は慎め」
「わかってるよ。オレらの任務は、お前らを王城まで連れてくることだ。招待される気があるならとっとと行くぞ」
「もう出発する気か?」
「はい。僭越ながら、我が王はすでに待っておられます」
アルマの話によれば、俺たちが城を出発した二日後に尋ねてきたそうだ。
九日間も俺たちの帰りを待っていたのだと思うと、少々申し訳ない。
ディケルも、見かけによらず真面目なのだろう。
まだ信用はできないが、九日間城の中を荒らすこともなく待っていたという事実に、多少の期待はしてもいいかもしれない。
「俺は構わない。リリスとサラは?」
「ワシも、アレンがいいなら構わんのじゃ」
「私もアレン様に従います」
二人の意見も俺に委ねられる。
「わかった。じゃあ、今から案内してもらおうか」
「承知いたしました」
正直、少し疲れている。
戻ってきて早々、また出発になるとは思わなかったよ。
大罪会議に参加して以降、急に慌ただしくなった。
もっとも、今のところ平和だが。
◇◇◇
『憤怒』の魔王アンドラス。
大魔王サタンの消失後、大罪の異能を受け継いだ魔王の一人。
ではなく、その魔王を討伐し、新たに大罪の一人となった魔王だった。
大罪の異能は、持ち主を殺すことで奪うことができる。
アンドラスは前任者を討伐し、力と権力を奪い取った。
彼が治める魔王城と街は、かつて別の魔王が統治していたものである。
「ようこそお越しくださいました。歓迎しますよ、魔王リリスと、勇者アレン、それに従者のサラ」
俺たちは城へと案内され、すぐに魔王と謁見する機会を得た。
会議で見たから顔は知っている。
細身で知的な雰囲気を醸し出す若い魔王だ。
姿は人間によく似ていて、モノクルを付けているのも特徴的だろう。
彼はにこやかに歓迎してくれた。
「お前が、憤怒の魔王なのか?」
「はい。私がアンドラスで間違いありません。一度、会議でお会いしているはずです」
「わかっている。だが……」
俺はアンドラスをじっと見つめる。
ニコニコして穏やかで、気の弱そうな雰囲気を醸し出す。
とてもじゃないが、見えない。
「憤怒って言葉が、これほど似合わない奴も珍しいな」
「はははっ、よく言われますよ。その称号に、私は相応しくないとね」
彼は笑いながら話す。
多少、煽りの意味も含んで言ったのだが、彼は動じない。
「ですが私は『憤怒』の魔王です。人間も悪魔も、誰しも胸の奥に怒りを宿しているもの。ならば、誰しもその資格を持っている。大罪とはすなわち、生物が必ず持っている欲なのですから」
高らかに語るアンドラスから、怒りは一切感じない。
こうも言葉と見た目に説得力のない話は久しぶりに聞いたぞ。
ここに来るまで相当な緊張と覚悟をしていた。
招かれ、すぐ戦闘になることも考えた。
すべて杞憂だったんじゃないか思えるほど拍子抜けだ。
「それで、話とはなんじゃ? なぜワシらを呼んだのじゃ?」
「よくぞ聞いてくれました。長い話は嫌いですので、単刀直入に申し上げます。魔王リリス、私はあなた方の理想に協力したいと考えております」