よそ者は出て行け!
朝食を終え、話を終え、俺たちは魔王城の出入り口に立つ。
「ちゃんと毎日食べなきゃだめよ? しっかり睡眠もとりなさい。子供のころの成長に睡眠は不可欠よ」
「わかっておるのじゃ。心配はいらん」
「寝すぎて朝起きれない、なんてことにもなってはだめよ?」
「わ、わかっておるぞ? ちゃんと起きておる」
起こしてもらっている、の間違いだな。
補足するまでもなく、キスキルには見抜かれている様子だった。
母親にテキトーな嘘は通じない。
「勇者アレン、この子のことを頼むわ。勇者に娘のことをお願いするのも、変な話だけど……」
キスキルは俺のことをじっと見つめる。
何か言いたげな表情で。
「少し、サタンに似てるわね」
「え? 俺が?」
「ええ。若いころの彼と同じ眼をしているわ。強くて、優しくて、どこか寂しそうな眼ね」
寂しそう?
俺ってそんな眼をしている……のか?
初めて指摘されたことに戸惑いながら、キスキルの言葉に耳を傾ける。
「安心したわ。この子も、あなたのことを信頼しているみたいだから」
「べ、別に信頼など……して、おらん」
勢いが失速して、最後のほうは消え入りそうな声だった。
恥ずかしいのか顔を背ける。
そんなリリスを見て、キスキルは微笑む。
母親らしい安心した笑顔だ。
「手のかかる子だけど、これからもお願いするわ」
「任せてくださいよ。みっちり鍛えてやりますから」
「心強いわ。リリス、彼の言うことはしっかり聞きなさい。訓練も逃げちゃだめよ?」
「わ、わかっておる……のじゃ」
リリスの甘い部分もしっかり見抜いている。
さすが母親、離れていても子供のことをちゃんと考えていたのだろう。
「その前に必ず、俺たちの戦いにも決着をつけるぞ」
「ルシファー」
彼は俺の前に立つ。
視線が合う。
お互いに笑みを浮かべて言う。
「わかってる」
俺はかつてルシファーに傷つけられた頬に触れる。
「俺も、やられっぱなしは嫌なんだ。借りはとびきりでかくして返すぞ」
「楽しみだ」
話すことも十分に満たした。
俺たちは帰路につくため、城門を潜れる位置まで進む。
二人はギリギリまで見送ってくれるらしい。
キスキルの力で送ってもらう話もでたが、移動も修行のうちということで断った。
移動には五日間かかるが、その間に今後のことも考えるつもりだ。
「一つ、アドバイスをしてやろうか?」
「なんだ?」
「お前たちが最初に狙うべき大罪は……憤怒だ」
唐突に、ルシファーが俺たちに助言した。
「なぜだ?」
「それは自分たちで考えろ。聞くも流すも好きにすればいい」
彼はそれ以上何も語ってはくれなかった。
聞いたところで答える気もなさそうだ。
助言はありがたく受け取り、ついに別れの瞬間がやってくる。
「じゃあね、リリス」
「うむ。また会いに来るのじゃ」
「気軽に来てはだめよ? ここはあなたの城じゃないんだから」
「だったら今度は、ワシの城に遊びに来てほしいのじゃ」
「……そうね。近いうちにお邪魔するわ」
キスキルはリリスの頭を撫でる。
嬉しそうなリリスを見てほっこりする。
こうして、俺たちはルシファーの領地を出発した。
◇◇◇
ルシファーの城から五日間。
一泊もしたから、実に十日以上かけての長旅になった。
長寿の悪魔にとっては短い時間でも、人間にとっては十分に長い。
懐かしさを感じる景色が見えてきて、心がホッとする。
「もうすぐ到着じゃな!」
「テンション高いな。ルシファーの城を出てからずっとだ」
「お母様といっぱい話せたからのう。おかげで胸のつっかえが取れてスッキリしておる! アレンのおかげじゃ」
「俺はちょっとだけ手助けをしただけだよ」
「それが必要じゃった」
リリスは立ち止まり、自分の胸に両手を当ててそっと目を閉じる。
突然止まるから通り過ぎてしまって、俺は振り返る。
「あの時、アレンがワシに言ってくれたんじゃ。確かめに行こうって」
「そうだったな」
「あの一言がなければ、ワシは今も悶々と悩んでおったはずじゃ。一人じゃ……怖くて会いにいくことすらできなかった。アレンがいてくれたから……話ができたんじゃ。サラものう」
「私は本当に見ていただけですよ」
「サラも言ってくれたじゃろ? 確かめないとわからぬと。嬉しかったのじゃ」
リリスは満面の笑みでそう言った。
なんだか不思議な感覚だ。
胸にジーンとくるものがある。
俺は、感動しているのか?
「改めて、これからもよろしくなのじゃ!」
「……ああ」
「こちらこそ」
感動している自分に戸惑いながらも、彼女の言葉が嬉しいと思った。
人ではない、悪魔も成長する。
自分の子供ではなくとも、自分たちの前で成長が実感できるのは嬉しいことらしい。
この感動は、リリスがまた一つ成長した証だった。
俺たちは再び歩き出す。
魔王城はもう、すぐ目の前だ。
「明日から特訓も頑張るのじゃ!」
「今日からじゃないのか?」
「きょ、今日はもう遅いじゃろ? 明日から本気出す!」
「……そこは相変わらずだな」
甘いところもまだ残っている。
今ではその甘さも、リリスの愛嬌に思えてきたから困りものだ。
まぁ、時間的にもう遅いのは確かだし、特訓は明日からでもいいだろう。
なんて、俺にも甘さが移ったか?
そんな微笑ましい雰囲気のまま、懐かしの我が城へたどり着く。
瞬間、気づいた。
俺だけではなく全員が、眉間にしわを寄せる。
「どういうことじゃ……」
「アレン様」
「ああ……留守が長すぎたか」
魔王城の中に複数の気配がある。
俺たちが外にいる以上、部外者であることは確定している。
外観は保たれ、荒らされた形跡はない。
まだ侵入されて間もないのか。
どちらにしろ、俺たちがとるべき行動は一つしかない。
「行くぞ。侵入者には退場してもらおう」
「はい」
「うむ! ここはワシらの城じゃ!」