親子の別れ
神の数だけ聖剣は存在する。
現代においても、神の数など知られていない。
下界の命は、天界に足を踏み入れることが許されていないから。
だが、この聖剣の整列が物語る。
この世に存在する神の数を。
「これは……」
「お前ならわかるはず。このすべてが聖剣であることが……どれ一つ、同じものはないことが」
数にして七千本。
異なる聖剣が俺たちを囲む。
幻影ではない、作り物でもない。
全てが本物で、全てが俺の支配下にある。
「イブを解放したことで、俺は過去未来全ての時間軸に存在する聖剣を呼び出せる。現時点で所有者が不在のものに限り、俺の支配下で操れる」
「馬鹿な。全ての聖剣を操るなど……それではまるで――」
「神、か?」
俺の言葉に衝撃を受けたように、サタンは険しい表情を向ける。
まさに神のような力。
その表現に間違いはない。
神意解放とは神の力の顕現だ。
今の俺は、生命の母イブの依代になっている。
「……ふ、ふふ、そうか。神もイブから生まれた……ならばイブこそ、神の原点。余が最も憎むべき相手……」
サタンは狂気に満ちた表情で奮い立つ。
漆黒のエネルギーが噴水のように湧きだし、周囲を破壊していく。
「喜ばしいことだ! この場で神の意志を砕けるのだから!」
サタンは黒劉を凝縮し、再び無数の黒い剣を生成する。
俺が召喚した聖剣の数に対抗して、今度は視界を埋めるほどの本数を生成していた。
それを一斉に放つ。
剣の雨というより、滝に近いだろう。
無論、一振りで弾けるような数と威力ではない。
だが今の俺には、届かない。
迫りくる漆黒の剣を、召喚した無数の聖剣で相殺する。
俺も一斉に操り、剣が届く前に撃ち落とす。
「無駄だ。所詮作りものじゃ、本物の聖剣には勝てない」
「決めつけるな! 余に一度敗れた分際で!」
「負けたからわかる。見えてくるものがある。お前は偽者だ。サタンでもなければ、魔王ですらない。奴らが残したただの……怨念だ」
力と意識の寄せ集め。
そこに自我と呼べるものは本来存在せず、交じり合った意識が言葉を放ち、行動を起こしている。
一貫性などあるはずがない。
奴に個はなく、破壊衝動に従っているだけなのだから。
俺にはもう、奴が恐ろしい敵には見えない。
ただの、悲しい怪物だ。
聖剣が、サタンが作った漆黒の剣を全て撃ち落とした。
「もう、終わりにしよう」
サタンは言っていた。
原初の聖剣ならば、強大な力を持つ魔王を完全に倒すことができる。
本来であれば輪廻の輪に戻れない彼らを、正しき流れに戻すこともできる。
彼らの本音はわからない。
声が聞こえるわけじゃない。
それでも、苦しんでいるはずだ。
意志が混ざり合い、自分であって自分でない者となり果て、破壊衝動しか信じるものがない。
魔王としての信念も、目的も失っている。
俺は勇者として、哀れな魂を解放する義務がある。
無数の聖剣が原初の聖剣に集まっていく。
一振り一振りが光の粒子となり、イブに吸収されていく。
サタンは駄々をこねる子供のように、俺に向けて攻撃を続けた。
しかし届かない。
集まる聖剣の光に阻害され、漆黒の力は俺に届くことなく消滅する。
「なぜだなぜだなぜだ! 余が負けるというのか? なぜ!」
「――決まってる」
七千本の聖剣が一つに合わさる。
今から放たれる一振りに抗える者など存在しない。
最強にして最高の一撃を、上段に構えて。
「俺が最強の――勇者だからだ」
振り下ろす。
勇者とは悪しき魔王を打ち滅ぼす者。
その一振りは距離も時間も飛び越えて、斬撃はサタンに届く。
防御の概念をも突破する一撃に、偽りの魔剣は砕け散る。
斬られたサタンの身体から、大量の血と力があふれ出ていく。
勢いよく飛び出したのはおそらく、取り込んでいた大罪の権能だろう。
次なる相応しい相手の元へ行ったか。
果たして、次は誰の手に渡るだろうか。
仰向けに倒れたサタンに、俺はゆっくりと歩み寄る。
今の尚、力があふれ出ている。
一体化していた異なる魂たちが解放されている。
おそらく最後まで残るのは、もっとも大きく強いあの男の魂だろう。
「アレン!」
「――! リリス?」
突然後ろからリリスの声がして、急いで振り返る。
彼女は俺の元へと走っていた。
ペンダントの効果は消え、幼い姿で必死に。
「どうしてここ?」
「ルシファーが言ったんじゃ。お前は行くべきじゃと」
「あいつ……」
こうなることを予想していたのか?
悔しいけど、ナイスなタイミングだよ。
「ふっ」
「勝ったんじゃな?」
「ああ、戦いは終わったよ」
「……アレン!」
リリスは勢いよく俺に抱き着いてくる。
「よかったのじゃ。本当に……」
「心配かけて悪かったな」
俺の胸の中で涙するリリス。
彼女の頭を優しく撫でてあげる。
「次にいなくなればクビじゃからな」
「ははっ、それは困るな」
俺は笑いながら聖剣を地面に刺し、倒れているサタンに目を向ける。
もはやほとんど力は感じない。
だが、まだ残っているはずだ。
「……お父様……」
「……リリス」
「――!」
名を呼ばれ、葛藤する彼女の背中を押す。
「大丈夫、今ここにあるのはお前の父親だけだ」
「え……? どういう……ことじゃ?」
「集まっていた魔王の魂が消えて行ってる。最後に残るのは、一番強い魂。つまりは大魔王サタンだ」
難しい話でよくわからないだろう。
それでも、彼女は俺の言葉を真剣に聞き、信じてくれた。
理屈は理解できなくとも、ここにいるのが自らの父であると。
「お父様!」
「……大きく、なったなぁ……」
「ぅう……うむ」
リリスはサタンの隣で膝をつく。
かつての父親の顔を見せたサタンは、リリスの顔を見て微笑む。
「強く……なるんだぞ? 長生き……してくれ」
「うむ。するのじゃ、絶対……お父様はしばらく、のんびり休んでいるとよいのじゃ」
「ああ……そうするよ」
サタンは僅かに首を動かし、視線を俺に向ける。
今まで感じていた敵意は完全に消えていた。
娘を見る眼と同じように、サタンは俺と視線を合わせて言う。
「娘を……頼む」
「ああ、任せてくれ」
「……ありが、とう」
大魔王から勇者へ、感謝の言葉が響く。
そのままサタンの身体は光を放ち、泡のように消えて行く。
これで世に留まることはない。
いつかまた、別の誰かになって生きるだろう。
願わくばその時は、俺たちも違った形で出会えたらいいな。
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