第1章 フィン・ハーパー 8
僕は早速レオナールさんのところまで行ってみた。ベンチに腰掛けて長い足を組み、本を読んでいる姿は本当に王子様みたいだ。
「俺には、なにも教えられることはないぞ」
「え?まだ何も言ってないのに」
「魔法使いはなんでもお見通しなんだよ。 まあ、知り合いに変わった人がいるから、機会があったら声を掛けておいてやるよ」
「お願いします」
それっきり、王子は本から顔をあげることはなかった。諦めて部屋に戻ろうとしたら、リーダーさんが声を掛けてきた。
「フィン、ちょっとこい」
「あ、はい」
レオナールさんが本から視線を外して、ちらっとリーダーさんを見ていた。どうしたんだろう? リーダーさんは黙ったまま、僕を、鍛錬場をはさんだ建物の裏側に連れて行く。そして、周りに人がいないことを確かめると、僕の前にしゃがみ込んだ。
「フィン、お前には強い魔力を感じるんだが、父親から何か聞いていないか?」
「えっと、父上は、亡くなる2年ほど前から、本格的に召喚術について教え込むって言って、僕に召喚術の基礎を教えてくださったのです。自分の技量がどれほどの物かは分からないですが、望む力を持つ精霊を呼び出せるようにはなりました。」
「2年ほど前って、お前、まだ3歳かそこらだろ?」
リーダーさんは驚いたように言った。だけど、僕には普通の事だ。
「僕は、小さい時から父上の召喚術を見ていたので、普通の事だと…。父上には、どんなことでも、やると決めたら手を抜かずにやり遂げろと言われてきました。それから、外で戦えるようになるまでは鍛錬を怠るなと」
「そうか。だから…。鍛錬場には今まで来ていなかったと思っていたが、掃除や雑用で鍛えていたという事か」
なんだろう。リーダーさんの瞳の中に迷いのようなものが見えて、僕はその場から逃げ出したい気分になった。
「じゃあ、僕はほかの事がしたいから、部屋に戻ります」
「あ、ああ」
なにか言いたげなリーダーさんを残して、宿舎に向かって走り出した。いつの間にか、後ろからレオナールさんもやってきた。
「フィン、いい判断だったな。リーダーには気を付けた方がいいかもしれない。」
口元を引き締めて碧眼を細め、リーダーに鋭い視線を送る王子様がいた。振り向いた僕は、初めて彼の本当の顔を見たような気がした。
翌月、ブルーノは意気揚々と討伐隊に参加していった。ジョーカーたちがいなくなって、人手不足だとは言われていたが、王子様が一緒なら、大丈夫な気がする。
僕は、いつも通り、フロアやトイレの掃除をして、時間が空いたので、センターの外に生えているシルバーリーフを取って来て玄関わきに植えていった。この葉っぱをちぎっても揉みこむと、止血剤になるって、父上が教えてくれたんだ。討伐隊として出かけたとき、治癒魔法が使える人がいなかったら、これを使うんだそうだ。
「坊主、砂遊びか?」
振り向くと、ジーニーさんがいた。
「裏山にリンゴの木があるんだが、ちょっと収穫を手伝ってくれないか?」
「いいですよ」
ジーニーさんとはあれからぐっと仲良しになった。今回も、背の高いジーニーさんに肩車してもらって、高い枝のリンゴを収穫する。うん、ほのかに甘い香りがしている。
「いいのが取れたなぁ。アップルパイでも作ってやるか。これは駄賃だ」
「やったー!」
そう言って、大きなリンゴを一つ、僕に放り投げてくれた。僕はご機嫌で部屋に持って帰った。ブルーノが帰ってきたら、半分こして食べよう。討伐初参戦のお祝いだ。
日が暮れてきたころ、討伐隊が帰ってきた。みんな少し疲れた顔をしている。ブルーノは下を向いたまま、フロアを通り過ぎて部屋に入っていった。
「ブルーノ! 先に剣と鎧の手入れをしろ!」
どうしたのかと声を掛けようとしたら、先にリーダーさんが怒鳴り声をあげた。だけど、ブルーノからの返事はない。
「お前のようなクソガキには、討伐は100年早かったんだな」
「え、あの。何があったの?」
戸惑う僕を無視して、リーダーさんはさっさと武器を片付け、シャワールームに入っていった。その後ろから、レオナールさんが、ため息をついている。
「フィン、心配いらない。ブルーノは初めてで張り切りすぎたんだ。いわゆる場の空気が読めないってやつだ。仕方がない。だけど、そのせいでチームが危険な目に遭ったのは事実だ。今夜はそっとしておいてやれ」
「そうなんだ…。分かった」
僕が部屋に戻ると、ブルーノは毛布をかぶったまま眠っているようだった。一緒に食べようと思っていたリンゴを磨きながら、どうしようかと考えていると、毛布の中から、すんすんと、鼻を鳴らす音がしていた。そっか、叱られて、悔しかったんだろうな。王子様が言ってた通り、今日はそっとしておこう。ピカピカに磨き上げたリンゴを、ブルーノのベッドの横に置いて、僕もベッドに入った。次の朝、リンゴはそのまま残っていた。ブルーノがリンゴを食べずに出かけるなんて…。僕は残されたままのリンゴをかじりながら、なんだか悲しい気持ちになった。
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