第1章 フィン・ハーパー 7
「こいつはただ鼻が利くだけだ。お前たちの事を告げ口したわけでもない。理不尽にもほどがあるだろ。」
「ち、辛気臭いこといいやがる。リーダー分かってるのか?俺たちがこのチームから抜けたら、だれが戦えるんだよ。ええ?」
「ぐっ…」
ここの討伐チーム、あのジョーカーとその仲間が幅を利かせているんだ。どんなに性格が悪くても、討伐には必要な人達なんだろう。
「俺が戦うから、いいよ。消えな!」
「なんだとぉ?」
振り向くと、さっき廊下で会った王子様がいた。男たちがムキになって詰め寄ると、あっという間に壁際に蹴散らされていた。すごい!
「おい、大丈夫か?」
リーダーさんが手を貸してくれるけど、あちこち痛くて立ち上がれない。
「僕よりもジーニーさんを助けてあげて、腕をねじ上げられていたんだ。おいしい料理が作れなくなっちゃう!」
「なんだってぇ!」
僕の言葉に反応したのは、ブルーノだった。王子様に蹴散らされて伸びている男たちに馬乗りになって殴りかかるブルーノを、リーダーさんが宥めていた。
「フィン、だったか。お前の仕事ぶり、気に入ったよ。トイレはああでなくっちゃね」
涼しい顔で笑っている王子様は、レオナールというそうだ。リーダーさんによると、今日からここのチームに加わることになった凄腕の魔術師なんだとか。すごいなぁ。3人の男たちはチームから追放されたけど、この人がいたら十分なんじゃないかと思う。
気が付くと、ミゼルさんがジーニーさんを手当していた。ぽうっと白く光っているから、ミゼルさんも魔術を使えるんだ。
僕がこのセンターに来て半年が過ぎた。相変わらず、僕の仕事は掃除と諸々のお手伝いだけど、手順が決まっているから、丸一日かかっていた掃除も、今では午前中に追われるようになった。午後からは自由時間だと聞いたので、前から気になっていた鍛錬場に行ってみた。
ここには、見習いの騎士や魔術師を目指す人たちもやってくるので、とても賑やかだ。広場の奥がひときわにぎわっているので行ってみると、騎士たちが試合をやっていた。
「すごい…」
なんていうか、気迫が伝わる試合だ。キーンっと甲高い音がして、剣が弾き飛ばされたと思ったら、小柄な人物がその剣を目掛けて走り出し、見事にキャッチして再び向かっていく。すごいガッツだと思って見ていたら、ブルーノだった。結局、競り合って首元に剣を立て、ブルーノが勝った。
「チクショー。剣が飛ばされた時点で試合は終了だろう?」
「ここはお稽古事でやっている場所じゃないんでね。実践でどれだけ対応できるかが重要なんだ」
負けた騎士は不満げに訴えているが、主催者側は落ち着いてものだ。
「討伐に行った先で、魔獣や竜にそんな言い訳を言うのかい? ブルーノ、いい動きだったよ。来月からはいよいよ討伐チームに参戦だ。気を引き締めていくように」
「はい!」
ブルーノは剣を鞘に納めると、控室へと帰っていく。
「かっこいい…」
「フン!見たか。これが俺の実力だ」
少し離れたところにいたのに、ブルーノにはしっかり聞き取られていた。あの食堂での事件以来、ブルーノの態度は軟化していた。僕も早く10歳になって、ブルーノと並んで戦ってみたい。
「おまえ、剣を握ったことはあるか?」
試合に勝って気をよくしているブルーノが、自分の剣を差し出してくれた。持ってみろってこと? そっと手を伸ばして柄に触れると、さっきまで試合で使っていたからか生暖かい。そして、ズシっと重かった。
「はぁ、おまえホントに触ったことがないんだな。」
「うん、だって、お家にある剣は父上の部屋にあったし、絶対に触るなって言われてたから」
「はぁ、おぼっちゃまかよ。」
ブルーノが呆れたように言う。確かに、おぼっちゃま、だったかもしれない。今は違うけど。
「僕も何かできるようになりたいな」
「前に食堂で騒ぎになった時、なんかやったんだろ?噂で聞いてるぞ」
「ああ、お友達に助けてもらったんだ。それだけだよ」
ブルーノは胡乱気な目でこっちをみてから、ちらっと視線をむこうで本を読んでいる王子様にやった。
「あの人なら、何か教えてくれるかもしれないな。魔術の腕はすごいらしいし、他のチームにいたこともあるから、だれか紹介してくれるかもしれない。じゃ、おれは疲れたから部屋に戻る」
「あ、うん。教えてくれてありがとう」