第1章フィン・ハーパー 1
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第1章フィン・ハーパー
ガタガタと荒れた道を馬車が走っている。外は、王都からずいぶん離れた荒野だ。馬車に乗っているのは、5歳になったばかりの少年。名前をフィン・ハーパーという。最低限の荷物を持ち、幼さの残る口元をぎゅっと閉じ、ただ窓の外を見つめていた。
まさか、こんなことになるなって、フィンは何が悪かったのかとこれまでのことを思い起こしていた。
~~~~~~~
「坊ちゃん、大変です。旦那様がお亡くなりになったと連絡が入りました。」
「え? 父上が? ウソだ!」
フィンの父親ギルバートは凄腕の召喚士として名をはせている人物だ。今も、隣国を襲うという魔獣を倒すため、国営の討伐チームに参加しているはず。今までにも、何度も遠征にでかけ、いつもご機嫌で帰ってくるのだ。
フィンには兄弟はいない。一人っ子だ。母親は聖女として大聖堂の中で働いている。国内で5本の指に入るほどの魔力の持ち主で、土地を清め、豊かにする力を持っている。この国の作物が豊富に採れるのは、母であるネージュの力のおかげだと言われているほどだ。しかし、国の宝とまで言われる聖女には、プライベートなどほとんどなく、フィンの暮らすこの館にも、顔を出したことはない。
それでも、頼りがいがあって気さくで明るいギルバートがいれば、フィンは何も不安を覚えることがなかったのだ。フィンには、生まれつきの膨大な魔力があった。ギルバートはそんな息子をとても誇りに思い、まだよちよち歩きの頃から、魔法を使うところや召喚するところを見学させていた。
それはフィンが2歳になったばかりの事だった。ギルバートは、討伐チームからの緊急討伐の要請で、いつもの遠征用のリュックをかつぐと、大急ぎで出かけてしまった。数日経っても帰ってこない父を待ちながら、フィンは一人で遊んでいた。家を管理する執事のショーンと優しい侍女のアンナがいるので、フィンは泣いたりせずに父の帰りを待つことを理解していた。しかし、いつもより長い遠征期間に寂しくなったフィンは父の部屋の前までやってきたのだ。
その日は、ショーンが町内会の定例会に出向き、幸か不幸かアンナがカギをかけ忘れ、幼児がそっと押しただけでドアが開いてしまったのだ。
目の前には父の匂いがするものがいっぱいにあふれている。インクの匂い、武器の手入れをするオイルの匂い、そして、少し埃っぽい古い本の匂い。緊急だということで、息子にゆっくり声を掛けることもできずに飛び出したギルバートの部屋は、何やら作業の途中だったようだ。
テーブルの上には古い本が開かれたままになっている。
幼いフィンは、ふと父がいつも何かを唱えていることを思い出し、テーブルの近くまで歩み寄ると、背伸びしてテーブルの上の本に手を乗せると、父の真似をして不思議な呪文のまねごとを呟いた。
―答えよぉ。 答えよぉ。 汝、我の元にいでよぉ。 ―
舌足らずな呪文を唱えると、何もなかったはずの床から光が差し込み、魔方陣が輝きだす。驚きのあまり声も出せない幼児の前に、小竜が現れたのだ。背筋を伸ばし、ツンとすました小竜は、魔方陣が光を無くすと、ちらっと幼児を盗み見た。
「ほ、ほんとに来た!わーい、わーい! ねぇ、お名前は?」
「キュルン?」
小竜は首をかしげて幼いフィンを見つめている。
「キュルン? クルン?クゥーン 」
フィンは嬉しくて仕方がない。小竜の周りを飛び跳ねて回ると、きらきらした瞳で小竜を見つめ、自己紹介を始めた。
「僕はフィン。 これから君のことはクルンって呼ぶね!よろしくね、クルン」
「クルン!」
コンコン、コンコンコン。小さな嗚咽のような咳がフィンをいたぶる。コンコンコン。
「ああ、咳が止まらない、よ。コンコン」
少年は苦しそうに座り込むが、咳は止まらない。
「キュルン?」
訳が分からないまま、目の前の少年が倒れると、焦った小竜は懸命に呼びかける。
「キュルン!ククーン!クルーン!」
屋敷の奥から大人の足音が聞こえ、クルンは慌てて書斎の机の陰に隠れた。ほどなくして、ドアが開け放たれ、アンナが飛び込んできた。
「何の音? フィン様? 大丈夫ですか?」
「どうしました、アンナ?」
屋敷に帰るなり、アンナの悲痛な声が聞こえ、ショーンも2階に駆けあがった。部屋の中で倒れている少年を見つけると、アンナは慌てて抱き上げ、少年の部屋へと連れて行く。
「おかわいそうに、発作がでたのですね」
「フィン様、大丈夫ですよ。すぐにお薬を用意いたします。落ち着いてくださいね」
背中をさすりながらなだめるアンナに少年を任せ、ショーンは急いで薬の準備に取り掛かる。そして、慣れた様子で粉薬を準備すると、シロップに混ぜて少年の口元に流し込んだ。
薬の入った甘いシロップをなめていると、じわりと咳が収まってくる。しかし、突然の発作で少年の体はぐったりとしていた。
翌朝、街からやってきた医者が、フィンを入院させると言い渡した。アンナに荷物を集めてフィンに付き添うように言い渡し、ショーンは一瞬、眉を寄せて苦い表情を浮かべた。ギルバートが討伐に出向いている間は、どうしても連絡が取れないのだ。そして、覚悟を決めたように、母である聖女ネージュの元に少年の発作を知らせに出向いた。しかし、大聖堂では聖女は仕事中だと門前払い。焦った執事は、ギルバートが所属する魔獣の討伐支援センターに向かったのだ。
大人たちがバタバタしている隙をついて外に出ていたクルンは、人目を忍びながらフィンについていく。
誰もいない屋敷に、武骨な男が入ってきた。出迎えもなく、しんとした屋内に違和感を覚えた男は、ずかずかと家の中に入っていく。そう、彼はフィンの父親ギルバートだ。その屈強な体躯に似合わない汽車のおもちゃを握り締め、二階へと上がっていく。そして、自身の書斎に足を入れたとき、何かが起こったことに気が付いた。
「これは…。」
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第1章フィン・ハーパー
ガタガタと荒れた道を馬車が走っている。外は、王都からずいぶん離れた荒野だ。馬車に乗っているのは、5歳になったばかりの少年。名前をフィン・ハーパーという。最低限の荷物を持ち、幼さの残る口元をぎゅっと閉じ、ただ窓の外を見つめていた。
まさか、こんなことになるなって、フィンは何が悪かったのかとこれまでのことを思い起こしていた。
~~~~~~~
「坊ちゃん、大変です。旦那様がお亡くなりになったと連絡が入りました。」
「え? 父上が? ウソだ!」
フィンの父親ギルバートは凄腕の召喚士として名をはせている人物だ。今も、隣国を襲うという魔獣を倒すため、国営の討伐チームに参加しているはず。今までにも、何度も遠征にでかけ、いつもご機嫌で帰ってくるのだ。
フィンには兄弟はいない。一人っ子だ。母親は聖女として大聖堂の中で働いている。国内で5本の指に入るほどの魔力の持ち主で、土地を清め、豊かにする力を持っている。この国の作物が豊富に採れるのは、母であるネージュの力のおかげだと言われているほどだ。しかし、国の宝とまで言われる聖女には、プライベートなどほとんどなく、フィンの暮らすこの館にも、顔を出したことはない。
それでも、頼りがいがあって気さくで明るいギルバートがいれば、フィンは何も不安を覚えることがなかったのだ。フィンには、生まれつきの膨大な魔力があった。ギルバートはそんな息子をとても誇りに思い、まだよちよち歩きの頃から、魔法を使うところや召喚するところを見学させていた。
それはフィンが2歳になったばかりの事だった。ギルバートは、討伐チームからの緊急討伐の要請で、いつもの遠征用のリュックをかつぐと、大急ぎで出かけてしまった。数日経っても帰ってこない父を待ちながら、フィンは一人で遊んでいた。家を管理する執事のショーンと優しい侍女のアンナがいるので、フィンは泣いたりせずに父の帰りを待つことを理解していた。しかし、いつもより長い遠征期間に寂しくなったフィンは父の部屋の前までやってきたのだ。
その日は、ショーンが町内会の定例会に出向き、幸か不幸かアンナがカギをかけ忘れ、幼児がそっと押しただけでドアが開いてしまったのだ。
目の前には父の匂いがするものがいっぱいにあふれている。インクの匂い、武器の手入れをするオイルの匂い、そして、少し埃っぽい古い本の匂い。緊急だということで、息子にゆっくり声を掛けることもできずに飛び出したギルバートの部屋は、何やら作業の途中だったようだ。
テーブルの上には古い本が開かれたままになっている。
幼いフィンは、ふと父がいつも何かを唱えていることを思い出し、テーブルの近くまで歩み寄ると、背伸びしてテーブルの上の本に手を乗せると、父の真似をして不思議な呪文のまねごとを呟いた。
―答えよぉ。 答えよぉ。 汝、我の元にいでよぉ。 ―
舌足らずな呪文を唱えると、何もなかったはずの床から光が差し込み、魔方陣が輝きだす。驚きのあまり声も出せない幼児の前に、小竜が現れたのだ。背筋を伸ばし、ツンとすました小竜は、魔方陣が光を無くすと、ちらっと幼児を盗み見た。
「ほ、ほんとに来た!わーい、わーい! ねぇ、お名前は?」
「キュルン?」
小竜は首をかしげて幼いフィンを見つめている。
「キュルン? クルン?クゥーン 」
フィンは嬉しくて仕方がない。小竜の周りを飛び跳ねて回ると、きらきらした瞳で小竜を見つめ、自己紹介を始めた。
「僕はフィン。 これから君のことはクルンって呼ぶね!よろしくね、クルン」
「クルン!」
コンコン、コンコンコン。小さな嗚咽のような咳がフィンをいたぶる。コンコンコン。
「ああ、咳が止まらない、よ。コンコン」
少年は苦しそうに座り込むが、咳は止まらない。
「キュルン?」
訳が分からないまま、目の前の少年が倒れると、焦った小竜は懸命に呼びかける。
「キュルン!ククーン!クルーン!」
屋敷の奥から大人の足音が聞こえ、クルンは慌てて書斎の机の陰に隠れた。ほどなくして、ドアが開け放たれ、アンナが飛び込んできた。
「何の音? フィン様? 大丈夫ですか?」
「どうしました、アンナ?」
屋敷に帰るなり、アンナの悲痛な声が聞こえ、ショーンも2階に駆けあがった。部屋の中で倒れている少年を見つけると、アンナは慌てて抱き上げ、少年の部屋へと連れて行く。
「おかわいそうに、発作がでたのですね」
「フィン様、大丈夫ですよ。すぐにお薬を用意いたします。落ち着いてくださいね」
背中をさすりながらなだめるアンナに少年を任せ、ショーンは急いで薬の準備に取り掛かる。そして、慣れた様子で粉薬を準備すると、シロップに混ぜて少年の口元に流し込んだ。
薬の入った甘いシロップをなめていると、じわりと咳が収まってくる。しかし、突然の発作で少年の体はぐったりとしていた。
翌朝、街からやってきた医者が、フィンを入院させると言い渡した。アンナに荷物を集めてフィンに付き添うように言い渡し、ショーンは一瞬、眉を寄せて苦い表情を浮かべた。ギルバートが討伐に出向いている間は、どうしても連絡が取れないのだ。そして、覚悟を決めたように、母である聖女ネージュの元に少年の発作を知らせに出向いた。しかし、大聖堂では聖女は仕事中だと門前払い。焦った執事は、ギルバートが所属する魔獣の討伐支援センターに向かったのだ。
大人たちがバタバタしている隙をついて外に出ていたクルンは、人目を忍びながらフィンについていく。
誰もいない屋敷に、武骨な男が入ってきた。出迎えもなく、しんとした屋内に違和感を覚えた男は、ずかずかと家の中に入っていく。そう、彼はフィンの父親ギルバートだ。その屈強な体躯に似合わない汽車のおもちゃを握り締め、二階へと上がっていく。そして、自身の書斎に足を入れたとき、何かが起こったことに気が付いた。
「これは…。」