第九話
アイテルの北西に位置する都市、ラフィー。南部のような天然林や原生林との境界線と言われていて、街を守る為の城壁が存在している城塞都市でもある。
大陸の中心を支配する国、ミサグと一番近い都市でもあり、物流も多く、活気あふれる街だ。
酋長であるオドリエル家が支配していて、大通りが縦横に複数十字を切るように配置されているのが特徴だ。
昨日の夜ラフィーに到着したアイシャとメーパの二人は、夜が明けてから屋敷に赴くべきという判断で、適当な宿で一泊を共にした。
「なんで相手の都合で宿に泊まらなきゃいけないの?」とでもアイシャが言い出すのでは? と、メーパは危惧していたが、以外にもアイシャは何も文句を言わずに従った。
「お主にも思い遣りの心があったとはな」
「気を遣っているつもりは無いけど? さっさと終わらせたいからこそ余計なことをしていないだけよ」
翌朝。街の一番奥に存在するオドリエル家の屋敷へと向かった二人。すると朝早い時間だというのにも関わらず、使用人総出でお迎えをしてくれた。
メーパが深夜の内に連絡を取ったらしい。
「お久しぶりです師匠」
「固い挨拶よのう、弟子八号」
使用人の中から現れた一人の男と会話を始める幼女。
「弟子九号です師匠……そちらのご令嬢が?」
「そうじゃ」
黒い髪に苦労に塗れたであろう壮年の顔。着慣れたスーツは無地のモノだったが、着飾っていないのと丁寧な口調が相まって、紳士という言葉を連想させる男だ。
「お初にお目にかかります。私、オドリエル家当主をさせていただいております、レオン=オドリエルと申します」
「アイシャよ」
深く頭を下げるレオンに対し、アイシャは自身の名を言っただけ。
メーパは思わず溜息を吐いてしまっているが、レオンは顔を上げても優しい表情を変えずに文句も言わない。
珍しい。こういう人間ばかりならいいのに、と次は使用人の方へ目線を向けるアイシャ。主が無礼なことをされても動こうとする使用人はおらず、皆姿勢正しく前を向いていた。
これは教育が行き届いている証拠だが、彼らの手がほんの少し震えていることをアイシャは見逃さなかった。
「やけに腰が低いことね。自信がないの?」
「いえ。これが私の生き方なのですよアイシャ嬢。無論、今回お二方に面倒を見てもらう私の息子、ルドワードにもそういう教育をさせています」
廊下を歩く三人。街を治める酋長らしく、屋敷の至る所に絵や壺のような芸術品が置かれていた。素人には価値が分からない芸術品達だが、雰囲気という面は十分だろう。
レオンのことが目に入り、端まで移動した後深く頭を下げるメイドと執事。
「理想の使用人ね」
「……ありがとう、ございます」
アイシャからの賞賛に少し返事が遅くなるレオン。
それもそのはず。レオンに限らずアイシャと会話すれば、この少女が人を褒めたりするなんて思わないだろう。
「あの絵……ブギーマンの作品かしら?」
そう言ってアイシャが立ち止まった先には二枚の絵があった。一つは肖像画で、もう一つは風景画だ。
「ええ。ブギーマン作、憎愛の夫婦です。敵国とはいえ、芸術に国は関係ありませんから」
「隣はミスシフォンの涙よね?」
「ええよくご存じで……絵がお好きなのですか?」
「そうね。人よりは大体好きよ」
先へと進んでいくアイシャ。後を追いかけようとするレオンだったが、服が引っ張られる感覚を感じ、後ろを向くと、メーパが服を引っ張りながら絵に指を刺していた。
「なあ弟子よ」
「何ですか師匠」
「絵具をぶちまけた此奴の何処が良いのか? こんなんわしでも出来るぞ」
「……師匠は今後一切芸術に触れないことをお勧めします」