第七話
「ここは何処?」
そこは不思議な空間だった。本がアイシャと幼女を遠くから見守るように、二人の周りで渦を巻いているのだ。渦の流れはゆっくりで、進んでいくごとに本達のページが一枚一枚捲られていく姿は壮観な光景だった。
そんな空間の中にあるのは、王様でも座るのかと言いたいばかりのオーバーサイズの椅子が二つと、その椅子に座っている二人の間で浮いているティーカップとティーポッド。
ティーポッドは誰も触っていないのに、中に入っていた紫色の液体をカップに注いでくれる。
「わしの魔法で造った空間じゃよ。第零章、隔絶されし空間。零章から分かり通り、正真正銘のオリジナル魔法じゃ。面白いじゃろ?」
幼女が手を広げると呼応するように本達が音を立てる。そしてティーカップがそれぞれの前までやって来た。
「そうね。色々聞きたいくらいには面白いけど……」
ティーカップを口に付けながら、教えてくれるの? と眼差しを幼女に向けるアイシャ。
「何一つ教えんぞ?」
「あら残念」
そういうアイシャだったが、残念そうな様子は一ミリも無かった。
「さて……何処まで話したんじゃっけ?」
「貴方がミラウ渓谷の大遠征に行った時の話よ」
「そうそう。あれは四七年前……って何故それを!?」
「貴方のことを知っているからよ。停滞の魔女メーパ」
メーパ。その名前を聞いた瞬間、幼女は驚いた表情から真顔になる。更に冷徹で、奥に潜む魔物を垣間見せながらアイシャを睨みつけた。
「ほーん……お主何者じゃ?」
アイシャは直ぐには口を開かず、ティーカップを再び口に運んで置いた後だった。
「つまらない問いだけど答えてあげるわ。一人の冒険者よ」
流れ出したのは殺意だった。
そこに居るだけで不安になる。
そこに居るだけで押しつぶされそうになる。
そこに居るだけで死にたくなる。
それに対しアイシャは表情一つ変えず、優雅な仕草でまるで殺気など端から無いと言わんばかりに振舞った。
立ち上がる魔女ーーメーパ。躯体はただの幼女の彼女は、アイシャの目の前まで進んだ。
「……まぁどうでもいいか!」
と、今までが冗談だとでも言うように、殺意は一瞬で無くなる。
メーパは定位置である椅子に座り直した。
「で、何処まで話したじゃっけ?」
「特に話はしてないわよ」
上に上がっていく本の一つを手に取り、読み始めるアイシャ。だが幼女が指パッチンすると、本は燃えて消えてしまう。
「はぁ……貴方に事情を説明したら自室で話そうってなったか付いてきただけ」
「そうじゃったか……なんだその顔、早く要件を言えという顔は」
「理解しているのなら早くしてくれる? 話は聞いてあげると言っているんだから」
「高慢ちきな娘よのう。将来苦労するぞ?」
「苦労しない人生の先に何があるのかしら?」
「あるにはあるじゃろ。堕落だったり虚無だったりと答えは幾らでも造れる。それとも死があると言った方がいいか?」
メーパが再び指を鳴らすと、アイシャの膝元に『淑女になる為には』というタイトルの本が現れる。
「逐一会話も行動もつまらないわね。それに貴方が言うと嫌味にしか聞こえないんだけど」
パララララと適当に本を捲ったと思えば、アイシャは本を幼女目掛けて投げつける。しかし途中で本は燃えて炭すら残らなかった。
「いい加減本題に入りたいんじゃが」
「誰のせい?」
本気でイラついたのか、椅子に立てかけていた剣へ手を伸ばそうとするアイシャ。だが剣が振るわれることは無かった。メーパが焦って制止したからだ。
「分かった分かった。話は簡単、お主の落とし前をどうつけるか、じゃ」
「罰せられるつもりは無いけど?」
「はぁ……そんな気はしてたわい。本来は罰として高難易度の依頼を無償で受けてもらうつもじゃった」
「けどそれじゃあお主は動かん。だからわし個人で報酬を用意させてもらう」
「金は宝石系は興味ないわよ?」
「じゃあ何が欲しい」
考える素振りを見せるアイシャ。彼女が答えを見つけるのに、十秒もかからなかった。
「そうね。貴方の人脈でも求めましょうか」