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第五話


 無というのはまさにこの瞬間を指すのだろう。誰もが言葉を発することが出来ない。


 予想などしていなかった結末に、ゲーシャは受け入れるのは少々時間がかかる。


「あの魔法を使ったオープニングセレモニーに免じてこれで許してあげる。泣いて喜びなさい?」


 とんだ茶番だったと、踵を返すアイシャ。手にはもう果実はない。


「ーー囲め、逃がすな」


 どす黒い思いが現実となる。


 ゲーシャの足元から黒い煙が溢れ出したかと思いきや、煙は地面を伝い、アイシャの近くまでやって来る。煙は獅子、象、鰐、亀の形に変化し、四体はアイシャを逃がさんと包囲を行った。


「捕縛しろ」


 お行儀よく鎮座していた四体が一斉にアイシャへと肉薄する。


「玩具ね」


 対して少女は嘲笑と共に、鞘から剣を抜く。だが四体は既にアイシャへと身体をぶつける寸前であった。


「中身が無いのね。頭と一緒で軽すぎるわ」


 しかし四体はアイシャへ触れる寸前に動きを止める。まるで透明の壁がそこにあるように、攻撃が届かないのだ。


 抜かれた剣は近づけない対象を確実に捉える。常人には見えない速度で薙がれた結果、四体は霧散してしまった。


「第七章『偽物の煙(フェイク・ヴェイパー)』。それも無詠唱。けど使えるだけで練度が浅過ぎよ。化けた四体が同じ速さで接近してる時点で重さの再現が出来てないもの」


「貴様ッ……何者だッ!」


 無力化された挙句に自身の魔法を暴かれて説教までされる。ゲーシャのプライドは暴走一歩手前だったが、少女がこれ程の知識を有してるという現実が理性を優先させた。


「五月蠅い」


 されど彼女に応える気はない。答えは口と身体で伝えることにした。


 アイシャはゲーシャに向かって走り始めた。


「なッ!? こ、拘束せよッ!!!」


 再び煙が向かって来るが、アイシャは途中いた未だに混乱して身動きが取れない民衆達を踏み台にして避ける。更に民衆の身体を蹴ることで加速した。


 逃げなければ。


 ゲーシャがそう思い身体が動き出す前に、アイシャは目の前まで到達していた。


「ひっ」


 腹部に強烈な痛みを感じるゲーシャ。少女の可憐で細い足からは考えられない威力を持った蹴りが見事炸裂する。


「ガッ!?」


 蹴りの勢いは凄まじかった。ゲーシャは木造で出来た舞台を容易く貫通し飛んでいってしまう。


「あら、死んじゃうかしら」


 脆すぎる身体を持っているのが悪いと続けようとしたアイシャだったが、武装をした者が空中でゲーシャをキャッチする。


 追撃しようと舞台の壊れた穴に突っ込むアイシャ。だが相手も見ているだけではない。


「「「『押しつぶせ』」」」


 言葉通りに事態は動く。アイシャが抜け出すよりも早く、舞台が押しつぶされたのだ。


 木々は重力に負け粉々になる。土埃も舞い、アイシャの様子を確認することは出来ない。


「ゲーシャ様、大丈夫ですか?」


「あぁ……あのガキは死んだのか?」


「改変魔法を三人がかりで放ちました。生きているという方がおかしな話でしょう」


 立ち上がったゲーシャが部下と同じ方向に目線を向けると、そこには血を吐いて倒れた男の姿がある。


「ガキもあのようになっているとーー」


「一体誰のことを言っているのかしら」


 油断していた。だが油断していなくても結果は変わらなかったかもしれない。


 ゲーシャも部下も気が付けなかった。少し目を離した隙に目前まで肉薄していた少女に。


「殺さないわよ? まだ」


 ああ。分かった。この少女は駄目だ。


 見てはいけない。この世のモノとして見てはいけない。


 これは人を狂わす概念そのものだ。 


 ゲーシャはようやく悟った。この少女は生かしておけない。


 再び腹部に走る衝撃に身を任せながら、彼は選択をした。

 

「ゲーシャ様!」


 加減をより強くしたのだろう。先程の蹴りよりも勢いがなく、飛距離も短かった。


 おかげで部下の声に応えるように、今度は自分の力だけで立ち上がるゲーシャ。

 

「ねぇ、貴方自分の立場に溺れているでしょう? 典型的な墜ち方ね」


「貴様ぁ……」


「幼気な少女相手に大人が数十人で相手をするなんて、恥ずかしいと思わないのかしら」


 指示をしなくても包囲をしているゲーシャの部下達。だが彼らの顔色は優れない。心の底では分かっているのだ。このまま戦闘を続ければ死ぬのはこっちの方なのだと。


「俺を誰だと思っている……ただでは済まさんぞッ、女!」


「そんなこと言ってどうせ部下にやらせるのでしょう? 自分では何にも出来ないのに手柄だけは自分の物だと言い張る。なんて卑しい男なのかしら」


 部下が持っていた剣を無理やり奪うゲーシャ。そしてアイシャに向けて駆け出す。自分が魔法使いだということすら忘れて。


「ッ! 殺すッ! お前は絶対に殺す!」


 殺さなけば。この少女を殺さなければ。プライドなんか関係ない、全員で、だ。


 ゲーシャが殺意に飲まれた瞬間だった。


「そこまでですっ!」


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