第三話「アヴェリー=ゲーテ」
私の名前はアヴェリー=ゲーテ。アイテルの冒険者ギルドにて働かせて頂いている身です。
「はぁ……」
心の底から漏れる溜息。考えるのは彼女のこと。
底なし沼のように考えに耽っていると、コンコン。扉を叩く音が鳴る。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて入って来たのは私と比べたら歴の浅い若い男性職員。精力的に働いてくれているが、ミスも目立つタイプの人間です。
「件の手配完了しました」
「そう。書類に纏めて後程提出お願いね」
「分かりました……アヴェリーさん」
「何かしら」
「アイシャ……彼女は一体何者なんですか?」
名前を呼ばれた時点で問いの内容は察せました。彼女には誰しもが少なからず好奇心を抱く、周りからどう見えているかは分かりませんが、最低限の付き合いがある私に聞くのは正解だと思います。
「何者……という問いなら、彼女は冒険者です」
「ッ、そういうことを聞いているのではありません」
「それなら自分で資料を探せばいいのでは? 素性はそれを見れば分かるでしょう」
「もう探してきましたっ」
そう言って彼は彼女に関する資料を乱雑に机に置く。そのまま私の反対側に位置するソファに座った。
「アイシャ。歳は十七で二年前、隣国エンテから冒険者として活動している。何処の街にも長居はせず、転々として現在アイテルにて活動をしている……ここまではいいです。問題は欠落した常識ですっ!」
正義感が強いのか、声を荒げる彼。そういう私も先程はそうでしたが。
「今回のような傷害、暴行、暴言など、冒険者となった二年前から現在まで問題行為を絶えずしてい
る。なのに何故上は彼女になんの罰も与えないのですか!? 普通なら罰どころか冒険者ギルドから追放した上で栄騎隊に突き出しているはずですっ!」
「理由なんて私は知りませんし、知っていても答えられないでしょう。上がそうしている以上、何かしらの事情はあるはずですが、つまり、そういうことです」
「……深堀するな、ということでしょうか」
分かっているならこれ以上言うことはありません。世の中には触れてはいけないモノがあるのです。危険を冒してまで情報を求める程、私は彼女に興味がありませんから。
私も仕事に戻らねば、そう思い立ち上がろうとしますが、何やら外が騒がしいことに気が付きました。
「……何の騒ぎです?」
窓まで進み外を眺める。すると住民達が騒いだりと、街全体の空気がいつもより明るいモノになっているようです。
「知らないんですか? 今日はアスカレオンの方が訪問されるのですよ?」
「……明日と勘違いしていました」
アスカレオンというのは簡単に言えばバリシア流貴族のようなモノです。それも上級貴族。バリシアは貴族制度はありませんが、階級による上下の関係はハッキリとしています。
しかしアスカレオンは世襲制でも家の名前でもありません。勲章です。
その為民からすればアスカレオンは象徴であり敬愛する存在。街を訪れるだけで祭りのように大騒ぎを起こすのです。
「……」
「どうかしましたか?」
もしかしたら……いや、考え過ぎか。
「いや、流石のアイシャさんでも、アスカレオン相手に無礼な振る舞いはしていないだろうと思いまして」
「ねぇ、貴方自分の立場に溺れているでしょう? 典型的な墜ち方ね」
「貴様ぁ……」
腹を抱え、アイシャを睨みつける、見るからに高価な装飾品を身に着けている中年程度の男。更にアイシャを囲うように、武装をした者達が武器を彼女へ向けていた。
「幼気な少女相手に大人が数十人で相手をするなんて、恥ずかしいと思わないのかしら」
「俺を誰だと思っている……ただでは済まさんぞッ、女!」
「そんなこと言ってどうせ部下にやらせるのでしょう? 自分では何にも出来ないのに手柄だけは自分の物だと言い張る。なんて卑しい男なのかしら」
「ッ! 殺すッ! お前は絶対に殺す!」
明確な殺意を浴びても悠々と剣も抜かないアイシャ。傲慢と言えば傲慢だが、それは自分と相手の実力差を理解しているからの行動だ。
何故こうなったのか。それはアイシャが冒険者ギルドを出てからのことだった。