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第一話「銀髪の少女」


「……ハッ……ハッ……ハッ」


 こんなはずでは無かった。今頃俺は悠々と魔物の死体の上に立っていたはずだ。


 聞いていたのはホブゴブリンの小型集落、なのに実際はオーガを頭目とした、混成魔物部隊がそこに居た。


 俺も馬鹿ではない。自分の実力は弁えているつもりだ。だからバレないようにその場から離脱しようとしたのだが、そう思った時には既に連中の手のひらの上だった。


 隠れていたはずの俺を囲むように魔物が展開されていて、動けずにいると、五十メートル以上離れた場所から魔法が飛んできた。


 轟々と燃え盛る炎の球、第五章の魔法『豪炎球(ブレイズボール)』。ホブゴブリンキャスターの攻撃だ。


 遠距離だったから回避は成功したが、このままではジリ貧、俺は無理やり一体のホブゴブリンに突っ込んだ。振り下ろされる粗悪なナイフは俺の腕を切り裂き、血が勢いよく噴出したが、ホブゴブリンを突き飛ばして包囲から抜け出すことに成功する。


 だが連中はそうやすやすと俺を見逃してはくれなかった。


「ヘグヘェ……ゲヘェッ!」


 装備に身に着けている道具や装飾品が走る勢いでジャラジャラと鳴る。けれど逃げている俺の背後から聞こえてくる複数の足音と、下劣で不快なゴブリン達の鳴き声にかき消された。


 森の地面は前日降った雨のせいで。走る度に泥で足が掬われそうになる。それに魔物のような普段から自然で生きている奴らは、泥であろうとも巧みに走ってのける。このままでは追いつかれてしまうだろう。


 息はとっくのとうに上がっていた。体力ももう尽きている。ここまで走っていること自体が俺からしたら快挙なのだが、こんなにも喜べないとは。


(ああ……神様、お願いします助けてください)


 普段は祈りもしない神に向かって希う。


 最近妹が子供を産んだ。客との子供だ。


 俺と妹は孤児だった。盗んで、殴って、殴られて、そうやって育ってきた。


 しかしいつまで経っても抜け出せない生活に、妹が身を売ると言い出したのは彼女が十歳の時。憎たらしい程にキラキラとしていて、吐きそうな程に立ち込めるセンシティブなムードの娼館に妹は入っていく姿を目にしたとき、俺は決心した。


 妹のような人生を否定してやる、この世から孤児を無くしてやると。


 だから俺は死ねないのだ。実現させる前に俺だけ逃げるなんて許されるはずがないのだ。


 死にたくない。


 死にたくない。


 死にたくない。


 考え過ぎか、将又精神の限界か。地面に露出した、逞しく伸びている木の根に足を引っ掛けてしまい、転んでしまった。


「ガッ!?」


 受け身を取る体力など残っていない。俺は勢いよくぬかるんだ地面でダイブしてしまう。立ち上がろうにも力が入らない。


「グヘェェェ……」


 喜んでいるのだろう、ホブゴブリンはゆっくりと俺に向かって歩いてくる。急いで覚束ない手つきで剣を引き抜ぬこうとするが、手に力が入らず抜く事すら出来なかった。


「ーーごめん、ミーシャ」


 遂に目の前まで来たホブゴブリンが俺の頭目掛けてナイフを振り下ろす……その瞬間だった。


 目をつぶってしまった俺、痛みも熱さを襲ってこないのだ。


 ゆっくりと目を開けると、俺を追いかけていた十数体のホブゴブリン全員の首が地面に落ちていた。少しの静寂の後、首を失ったホブゴブリン達がその場に倒れ、赤黒い液体がとめどなく流れ始める。


 何が起きたのか理解出来なかった。目の前の光景が現実なのかすら分からなくなった。


 しかし俺は逃げてきた方向から、人型の何かが近づいてくるのに気が付く。


「て、天使……様?」


 現れたのは十六歳程度に見える少女だった。光沢のある銀色の長髪に整えられた顔立ち、無駄のないスラっとした身体、艶めかしい笑顔を浮かべていて、右手には血の付いた直剣を持っている。


 誰もが振り向いてしまうような、完成された美しさだった。直剣も彼女の醸し出す雰囲気に飲まれている。


 少女はホブゴブリン達の屍を踏みつけ、俺の目の前までやって来た。


「ーーえ?」


 最初に俺が感じたのは違和感だった。左手の感覚が無い、視線を下に落とすと、自分の右手首の先が切り落とされていて、ドバドバと血が流れ出ていた。


「あ、あ……うわぁぁぁぁぁぁ!」


 熱い。熱い。熱い。


 炎の魔法を直接食らったような熱さと全身を駆け巡る痛み。


「あら? ごめんなさい、ゴブリンがもう一体居ると思ったら、人間だったのね」


「な、なっ、なんで」


「何でって、間違えちゃったのよ。それに本来なら殺されていた所を手首を切られるだけで済んでいるのだから、責められる筋合いは無いと思うのだけど」


 何を言っている? 何故この少女は平気な顔をして開き直っている!?


 悪びれる様子もない少女。周囲を見渡して何かを確認したのか、視線を俺に戻して血が付いた剣を振りかざした。


「あッあッあッ、悪魔ッ……!」


「天使の次は悪魔? 貴方人間のくせに知能が低いのね。それとも本当にゴブリンなのかしら?」


 頭に何かが直撃する感覚と共に、俺は意識を失った。



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