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桜子さんのショートショート

梅の花の形の蕎麦ぼうろ

作者: 秋の桜子

 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。


 ホームメイドでクッキーを焼くときは、ベーキングパウダーを私は少し入れる。蕎麦ぼうろの齧り、口の中に入るとボロボロとし、しゅわりと弾け、口の中の水分を持っていく食感は、重曹を使っているだからだろうか。


 和の焼き菓子。茶色のざらざらの表面。ザクリと齧ると中身には、小さな気泡がつぶつぶと空いている。瓦せんべいの様なねっとりと詰まり、細かく満ちた生地では無い。唾液と混じりジュワリ、ザラリと味が広がる。


 時々に食べたくなり買ってくる。袋のままでもいいのだが、菓子皿に数枚入れて、合わせるのは濃く出したストレートの紅茶が好き。やはり日本のお菓子なのだろうか、珈琲よりも、茶葉を使う紅茶のほうが合う気がする。



 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。



 山陰に住む祖母の家に行くと、長方形の缶に入った蕎麦ぼうろが、包装紙に包まれたままで何時もあった。


 小さい時の事を思い出す。


 都会に出ていた叔父が、奥さんと共に帰ってくる前の時。私の小学生の低学年の記憶。それも冬休みではなく夏休みの思い出。


 茶葉にこだわる祖父は、何時も京都から緑茶を取り寄せていた。夏は玄米茶というのが小さな決まり事。冷蔵庫には、濃く煮出したほろ苦い玄米茶が冷えている家。


 蕎麦ぼうろのまさらの缶には、セロファンテープがぐるりと巻かれている。優しい祖母が、茶の間の棚の上からそれを手渡してくれるお三時のおやつ。



 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。



 ぺりり、シュルシュル……クシャクシャにならない様に、セロファンテープを回して、上手く剥がすのが好きだった。蓋を開けると中には、衝撃吸収材の小さく平たい丸いプチプチ。それをひとつひとつ潰して遊ぶのも楽しみ。


 掘りごたつがある茶の間、掃き出しの窓の外には裏庭と続く畑。山がありその手前の川と墓地迄見渡せる。ボンボン時計がコッチコツチと時を刻む。


 私が小さい時、広い畑で祖父母はチューリップの球根栽培をしていた。花畑で遊ぶ写真が残っている。そして農機具を仕舞う倉庫には、お蚕さんの棚があった覚えがある。


 祖母と緑色濃い桑の葉をままごと遊びの様に、外でトントンと刻み、籠に入れパラパラ撒いたら小さく白く柔らかいお蚕さんが、さりさりそれを喰んでいた。


 裏庭。漬物と味噌蔵があった土蔵と接している所には、南天がズラリと並び、石榴の木が離れてポツンと、一本立っている。齧って食べた覚えのある赤い石榴の実。


 青い実を夏にブラブラ下げてる葡萄棚、藪椿、山茶花、あちこち群れている菊、葉だけになった水仙やクロッカス、蚕の為の桑の木もある雑多な庭地。


 離れに、二階部屋がある大きな母屋の近くには、裏には古い大きな渋柿の木。表は一段道より高くなっている敷地。雪に備えてなのかは知らないけれど、かつてはあったらしい庭を潰して、私の小さい時には既にコンクリートにしてあった。名残の一本仕立ての大きな金木犀の木が、何時も綺麗に剪定されていた。


 裏庭の柿の木の下には、道祖神様の祠があった。昔、名字帯刀を許された地主だった家。嘘か誠か、隣村に行くのによその土地を歩かなかったと言われている。


 マッカーサーでほんの少ししか、土地が残らんかったわ、と戦時中を過ごした祖母は笑って教えてくれた。



 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。



 何故、何時もあるのだろう。これを買いに行くには、バスに乗り、温泉街を通り過ぎ、その向こうの町迄出なければ買えない。誰かの手土産なのだろうか、それにしても酒飲みの甘党の祖父が、手を付けない蕎麦ぼうろ。子供心に不思議に思っていた。


 葬式で出される大きな蒸したまんじゅうを、ひとつ手渡され、二つに割り、大きな方を自分で食べたと、隣の家のこれまた酒飲み辛党のお爺さんが笑って教えてくれた甘党。そんな祖父が手を付けない蕎麦ぼうろ。



 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。



 私の母は蕎麦ぼうろを買うことは無い。おそらく嫌いだから。好き嫌いがはっきりしている母は、自分の嫌いな物は絶対に買わない主義だ。なのでこのお菓子を食べるのは祖母の家だけ。


 畳が傷まぬ様に、夏ござか敷かれる茶の間。座敷を走ったら祖父にゴツンと叱られた古い家。芋倉が座敷の畳を上げれば床底にある建物。収穫したじゃがいもが床下に入っていた。


 冷たい玄米茶と食べた夏休み。扇風機が無くとも涼しい風が、表縁側から裏まで抜ける田舎のがらんどうの部屋。



 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。



 ……、ああ、おじいちゃんもおばあちゃんも、蕎麦ぼうろ嫌いだからね。おじいちゃんは餅菓子が好きだしね。


 ある時母に聞いた衝撃的な一言。ええ!何で嫌いなのに行けばあるねんと私は聞いた。


 ……、二人揃って嫌いだから、叔父さんがわざわざ仏様にお参りした時に、お供えにするのよね……。


 甘いザクリとした焼き菓子に、旧家の確執が存在していた。満州に出ていたという祖父。もし……、祖父が帰って来なければ、弟である大叔父は、広大な土地の当主になっていたのやも知れず。しかしその後、マッカーサーにより、すってんてんになったのだけど。


 母は大叔父を毛嫌いしていた。何でも祖母を酷く虐めたらしい。母の弟である私の叔父さん達も、快く思ってはいなかった。村内ではなく離れた町に出ていった大叔父。


 お盆とお正月、泊まることなく帰っていた記憶がある大叔父。だけど私の事は、とてもかわいがってくれていた記憶がある。町に出て結婚したのだが、子供に恵まれなかったと聞いてはいるけど。


 祖父との間にどんな確執があったのだろうか、家を継いだ兄夫婦の嫌いな物を、敢えて選ぶ大叔父の心うち。私には優しく相手をしてくれた大叔父。思えば、実の兄である、祖父と飲み交わしている記憶は無い。


 母も叔父も知らない、とうの昔の物語。知っているのは……、


 蔵の近くにポツンと立つ、年老いた石榴の木と道祖神の渋柿の木だけ。


 ……、嫌いだから、叔父さんがわざわざ、仏様にお参りした時のお供えにするのよね。母の言葉が誠だったと分かったのは……。


 叔父さん夫婦が戻って来て、世代交代が終えた時。大叔父の蕎麦ぼうろは姿を消していた。


 お供えに選ばれた缶入りのお菓子。



 梅の花の形の蕎麦ぼうろ 

 真んまん中に丸い穴


 抜かれた丸は

 焼かれて丸い蕎麦ぼうろ。



 齧れば甘くザラリとし、懐かしい今は亡き、怖かった祖父と優しい祖母をほんのり思い出す。


 終。


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― 新着の感想 ―
[一言] 懐かしい!!!! 子供のころめっちゃ食べましたね。
[良い点] 甘いような、ほんの少し苦味がまじったような、なんともいえぬ懐かしいような、蕎麦ぼうろの記憶。堪能させていただきました。
[一言] 蕎麦ぼうろ!? 寡聞にして存じませんでした! でも本作を読んだら食べたくなりました!w
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